立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

ネタバレについて2017

【はじめに】 このブログでは二、三年に一度ほど、いわゆる「ネタバレ」という問題について、自分の思うところを述べてきました。というのは、「ネタバレ」への批判、およびその過剰な批判への反批判について、巷間、コンフリクト(摩擦)が起こっているのを…

LUSTMORDの夜

昨晩、文庫版『ラヴクラフト全集』をパラパラめくりながら、気分を高めるためにスマホでLUSTMORDという人の音楽を聴いていたら、急にすべてのアプリが画面から消えて使えなくなってしまった。それだけでも怖いのだが、なんと再起動さえできない。ただ音楽が…

「memo」におけるロス・マクドナルド関連記述

11月23日の東京開催の文学フリマに出展する予定で、殊能将之センセー関連のあれこれをいま、読み返しています。 するとそのうち、自分がかつてここで 読書日記ページ「reading」は原書の紹介がメインで、邦訳された本の感想については、通常の日記ページ「me…

宿野かほる『ルビンの壺が割れた』(書籍版)を読んだ話

宿野かほる『ルビンの壺が割れた』の書籍版が出ていたので、読んでみました。内容についての感想は、キャンペーン版から特に変わらないのですが……。 新潮社は「波」というPR誌を毎月発行していて、そこに今月号(2017年9月号)は、 [宿野かほる『ルビンの壺…

書き手と読み手のマジック・ミラー的関係についての走り書き

昨年、室井光広の批評集『わらしべ集』を読んだら、そこに通底するマジック・ミラー的世界像にガツーンと衝撃を受けた。「マジック・ミラー的世界像」とは、私が仮に名付けたものだが、たとえば柳田國男を論じた次のような文章におけるモデルだ。 「この世の…

再説・走馬灯

ある方から教わり、ギャビン・ブライアーズの「Jesus Blood Never Failed Me Yet」(イエスの血は決して私を見捨てたことがない)という曲を聽く(有名な曲らしいので、検索してみてください)。 この曲は成り立ちが複雑であるので、ここでちょっと説明する…

占いの思い出

anatataki.hatenablog.com そういえば今年の一月ころ、生まれて初めて「占い」というものを紹介されて体験しました。 それはタロット占いでした。わたしはタロット(都筑道夫ふうにいえばタロー)が実際にはどういうものかもよくわからない状態だったのです…

宿野かほる『ルビンの壺が割れた』(キャンペーン版)を読んだ話

ひと様の思惑に乗せられるのはなんだかシャクではございますが……一応記録としてここにも書いておきます。 ※ 7月14日(金)に突如こういうキャンペーンが始まりました。 www.shinchosha.co.jp 「キャッチコピーが書けない」、などというカマトトを信じるピュ…

このブログに長らくお付き合いいただいている方ならご存知の通り、やるやる詐欺の多いわたくしですが、そろそろ何か同人誌にでもまとめてみようかなとおもっていることがあります。そのためにはちょっとヘヴィーな関門があるのですが、たぶん宣言しないと腰…

この数年、五月頃になると不調気味になることが多く、今もアンマリなんですが、だんだん上向いてくる気分がないこともないので、とりあえずボチボチ活動していきたいなあとおもっています。ワッショイ!

「僕の言う白をキミも白と言うかなあ」

チョー久しぶりにCONDOR 44のアルバムを聴いてたら「winter」という曲で「僕の言う白を キミも白と言うかなあ」という一節につきあたった。 自分と他者の感覚の差およびその不可知性について語る際、視覚とりわけ色を例にするのは小説やらエッセイやら歌詞や…

固着からの解放

読書猿『アイデア大全』(フォレスト出版、2017)という本を読んでいたら、次のような記述にぶつかった。この本は「発想法」についてのものなのだが、終盤の「ポアンカレのインキュベーション」という章にこうある。 天啓は無意識からではなく、固着からの解…

『時の娘』と歴史ミステリについて――ある余白への走り書き的覚え書

少し以前から、ジョセフィン・テイ『時の娘』について、余白(マルジナリア)にメモしておこうと思いながらずるずると流してきたことがあり、そのことについて先日チラッとつぶやいたらnemanocさんに言及されたので、私の方も走り書き的覚え書きとして記して…

走馬灯的効果についてのメモ

アニメ『昭和元禄落語心中』とドラマ『山田孝之のカンヌ映画祭』の最終回を立て続けに見た。それぞれに面白かったが、最終回特有のあの「走馬灯的効果」に関しての扱いがまったく対照的だったのも興味ふかかった(走馬灯的効果というのは私が勝手に呼んでい…

「叙述トリック」についてのメモ(7)

叙述トリックについて思うところを最後に書いて一年近くが過ぎた。http://anatataki.hatenablog.com/entry/2016/04/29/130020当初はそれなりにやる気があったはずなのに、なぜこんなに間隔が開いたのだろうと考えると、たぶん、今の私は叙述トリックというも…

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。 すっかりミッド・ウィンターですね。 ※ これは前にも同じことを述べたような気がするんだけど、何か書く(あるいは作る)時のやりかたを有酸素運動と無酸素運動にたとえれば、私はかなり無酸素系である…

そういえば映画『この世界の片隅に』を見て胸中に思い浮かんだことごとを書いていなかったので、今のうちにそうした雑感をメモしておきます。 ※◯この映画には何か、見る者を引きつけ、それぞれが読み取りたいものを読み取ることができる、鏡のような、ブラッ…

いわゆるPPAP動画を見たのは二週間前で、それでようやく私は、一連の話題がどういうものであるかを知った。 それからいろいろなアレンジバージョンを見たりすると、やはり元がダンス調だからか、EDMふうのものがピッタリくるように思った。 http://fatherlog…

一年半ぶりくらいになんとなくショートショートを書いてみました。 kakuyomu.jp

最近特にここに書くことがないというか、腰を据えて読んだり書いたりしていないのですが、以下雑感です。※室井光広『わらしべ集』(深夜叢書社、2016)という本が出ています。http://shinyasosho.com/home/book1610-01/論考中心の【乾の巻】と書評中心の【坤…

サンプリング・アルバムは走馬灯の夢を見るか?――法月綸太郎『挑戦者たち』

法月綸太郎の『挑戦者たち』を読んで、僕はずいぶん懐かしい気持ちになった。十代の頃、むさぼるように読みふけった本格ミステリで接した「読者への挑戦」という文章から受けた、あの不思議な感じを思い出したからだ。 この本の形式をどう呼ぶかは難しい問題…

市川哲也『蜜柑花子の栄光 名探偵の証明』(東京創元社、2016)を読みました。鮎川賞受賞作から続くシリーズ三作目にして完結編。前二作以上に凄まじく、圧倒された……というのは、あんまりポジティブな意味ではないんですけども。 私は基本的に、この著者を…

ぼさのば

外出から帰って部屋の窓から遠い山の稜線に陽が沈むのを眺めていると、ふとジョアン・ジルベルトが聴きたくなって、それで久しぶりに、たぶん一年ぶりに、(ジョアンってまだ存命だよね……)と不安に駆られ、慌てて検索してしまった。 このところ、わたしが思…

メタミステリの怪作、連城三紀彦『ため息の時間』を読む

連城三紀彦『ため息の時間』を読んだ。 これは「すばる」に1990~1991年の約一年間連載されていたもので、連城流心理恋愛ミステリとモデル小説とメタフィクションを合体させたような作風である。著者の作品の中でも一、二位を争う怪作との評判高く、実際その…

一、二、三、そして〈遊ぶ〉ことの奥義――『殊能将之未発表短篇集』(5)

『殊能将之読書日記』を読み返していて、瀬戸川猛資の死去と殊能将之のデビューがほぼ同時期であることに思い当たった。以下、そのあたりのことをおさらいしてみる。1999年3月16日、瀬戸川猛資が肝臓ガンにより死去。「メフィスト」編集部が座談会で『ハサミ…

昨日までその気はなかったんですが以前パブーに載せたのを修正してカクヨムに投稿しました。 https://kakuyomu.jp/users/anttk というのは「矢尾通信」を久しぶりに読み返したら作中の擬似SNSシステムが懐かしく思い出され(私は大学一回の時入った近所の…

佐々木中『切り取れ、あの祈る手を』(河出書房新社、2010)を読んだ。作家の後藤明生さんが「何故小説を書くのか」と自問して「小説を読んでしまったから」と、あの独特の人を食ったような不思議な感じで答えていますね。これは、実は同じことなのですね。…

「叙述トリック」についてのメモ(6)

今更ではあるが、以下の議論に一度、目を通していただきたい。 http://togetter.com/li/295513 ここで「叙述トリック」という言葉が何を指すのかについては、その言葉について、じっくりと考えたことのある者でなければ、かなり混乱してしまうのではないだろ…

ある方に勧められて清水義範『ドン・キホーテの末裔』。著者自身を思わせる作家が、『ドン・キホーテ』をモチーフにした小説を書くというメタフィクションで、作中作の他にも講演、エッセイ、小説論などいろいろな文体で構成される。「現代においてパロディ…

カズオ・イシグロの第二作『浮世の画家』(An Artist of the Floating World、1986年/ハヤカワepi文庫)を読んだ。イシグロ作品を読んだのは『夜想曲集』以来二つ目。舞台は1948年から1950年にかけての日本。語り手は大戦中に戦意高揚絵画を描いてかなりの…