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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

感想・田中達治『どすこい出版流通』

本の雑誌」その他で紹介されるまで、私はこの本についても、出版・書店業界では有名人だったという田中達治氏についても知らなかった。田中氏は筑摩書房の営業担当者であり、同社の新刊案内に連載していた「営業部通信」のエッセイをまとめたのが本書だ。
「出版流通」の本だからもちろん、流通に関する専門的なことについても詳しい。だが本書は田中氏の迫力ある文章によって、少しでも本に、「書籍」というものに関心のある人間なら興味を満足させられる広がりを持っている。ましてや筑摩書房のファンなら必読、というべき本だ。なぜなら田中氏は、倉庫担当の新人として同社に入社、そのまま2年目に倒産を迎え、以降、営業として筑摩のインフラ整備などに尽力した、現在の筑摩書房発展の立役者の一人なのだから。

本書の紹介で必ずとりあげられる部分が、p108の「役に立つ物流講座は今回でおしまい」の回だ。入社後、倒産した頃を振り返って書かれたもので、貴重な証言であり、かつ胸に迫ってくる。
配属された先の倉庫はボロボロで、ひどい場所だった。「物流システムが出版経営に貢献するなどとは、だれも本気に考えていなかったのだ。(……)先輩が真っ赤な顔をして、「君も将来は編集に上げてやるから今は我慢しろよ」などとほざいた。(……)そしてこの会社は本当に潰れるかもしれないと思った。200人を超える高給取りを抱え、高級酒を浴びるように飲み、仕事としての物流を賎視し、だれひとりその仕事を買って出ず、唯一の金のなる木を野晒し同然のまま放置していたのだから。」
この時の体験が、後の仕事の基礎になったという。「機能している倉庫はキリリと美しい」をモットーに、品切れによる売り逃しや返品を防ぐべく徹底的な合理化を図る。「良書」が売れ行き不振だ、という嘆きに「「良心・志」で情緒的粉飾する幼稚さ」と言い、「件の「良書」信望者がいったいどれほど営業や物流を理解しているというのか」と迫る。
といって田中氏は、売れれば良い、合理的であれば良い、とだけ考えているのではないのが、また深い。「情報・物流インフラが整備され、(……)それによって得られた糊代はいつのまにか巨大店舗の粗製乱造を助長させ、店舗個々のクオリティーはむしろ著しく低下したのではないか」と、機械まかせの書店に疑問を呈する一方で、「まわりをキョロキョロせず、自分の頭で考える、って難しいなあ。(……)だけどそれに向けてのトレーニングの本ならあるよ、いっぱい。売れないけど」とこぼす姿からは、その苦悩の一端がうかがえるだろう。
田中達治氏は、2007年11月に亡くなられたそうだ。その年の2月にこの「営業部通信」を退いているが、最後のエッセイは力強い。
「出版業界は現在長期の低迷期にある。放送やインターネットなどの膨張するニューメディアにタジタジの状態である。加えて、ネット書店の台頭はその自己完結型システムにより、古き良き村社会の存続を脅かしているようにさえ見える。しかし、よく考えて欲しい。これだけの共同体がこれほどの長きにわたって存続してこられたのは偶然ではない。それは「本」という媒体が、この村と書店という劇場に、「いまさら語るのも憚られる」ほどに馴染んでいるものだということと、さまざまな媒体やネットワークがいかに発展しようと、「本」という腰の据わった媒体は、その本質において他に譲ることはありえないということとに「大人」としての自信を持ち続けてよいはずだ」
ああ、やっぱり本が好きだったんだなあ、と思う。同じく「本好き」を自称する人間なら、何だか力が沸いてくるのを感じるはずだ。
「書籍はこれからどんどん、電子媒体にとって代わられる」という議論があるが、そうだとしても、「時代の趨勢」で、何もせずに自動的に、電子媒体が広まるということはありえない、ということは、本書にあるような様々な流通の努力を考えれば一目瞭然だ。今のところ、書籍と電子媒体、どちらもシンドそうなのだが、私ももっと、「腰を据えて」本を読まなければなあ、読みたいなあ、と思った。


とりあえず、バイト先で担当の、中古CD販売のきったない倉庫を「キリリと美しく」しなければ……。

ところで最近、筑摩書房から出た水村水苗の『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』はamazonのベストセラーランキングで1位になったそうだが、かなり売れてるのかなあ。

どすこい 出版流通

どすこい 出版流通