立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

サイン本をつい

サイン本というものをつい買ってしまった。
『映画崩壊前夜』(青土社 2008)である。
四条のブックファーストで先月、サイン本フェアをやっており、道尾修介、柴崎友香古川日出男……と現代小説家の本がズラーっと並んでいる中(吉増剛造だか入沢康夫だかもあった気がする)、一冊だけ、坪内祐三『古くさいぞ私は』の隣に置いてあり、「えっ」とビックリして、買う気など全くなかったのにも関わらず、ビニールパックされた本の中のサインが、一体どんなものなのか、気になって気になって仕方がなくなってしまい……。
十分くらい悩んだ挙句、買ってしまった。嗚呼。2310円也。
私は蓮實重彦氏の本は、対談本以外は一冊も読み通せたことがないし、古本でしか買ったことがないし、もの凄いファンというわけでも特にないのだが、サインが気になったのには理由がある。
夏目漱石論』の福武文庫版の解説は、今は亡き安原顯氏が書いているのだが、『映画崩壊前夜』の背表紙を見た瞬間、そこにこう書いてあったのを思い出したからだ。

「さて、蓮實的「作品」に触れる場合、どうしてもはずせぬものの一つに小説『陥没地帯』がある。小生は蓮實的「作品」を最も激しく奪取した編集者の一人だと自負しているけれど、蓮實的「存在」の原稿の書体なるものにはいささか閉口している。決して乱暴でも汚くもなく、升目にもきちんと納まっており、特別、崩した書体というわけでもないのだが、まあ、一種独特の書き癖、筆圧を極端に押さえるためか、書くというよりはボールペンを紙の上にそっと走らせるとでもいったらいいのか、それはもう過激に読みにくいしろものなのであります。で、白状してしまうと、この『陥没地帯』、初め「こんなものを書いてしまったんですが」と、古今東西、作者の死後に初めて「傑作」とかと呼ばれることになる小説が辿ったであろう数奇な運命を予感させつつ、しかし実にさりげなく小生に手渡されたのだが(昭和五十三年頃のことだろうか)、「天才ヤスケン」ともあろうこの私めが、いまから思うと最大のミスなのだが、「えっ、この書体の小説を二百枚以上も読むの!」と、ひよりまくった(……)」

この解説を読んで以来、「蓮實重彦は字が汚い」というイメージが頭の中にあった。『陥没地帯』が安原氏に手渡されて30年以上が経つ。それに、原稿を書くのとサインを書くのとでは、書き方も違うだろう。しかし、その時は、「よっしゃ、本当かどうかいっぺん、見てみよう」という気になったのである。

では、これが問題のサインだ。

てっきりサインペンだと思っていたら青のボールペンであった。
「重彦」がつながっていて、読みづらいのは確かである。

さあさ、これでネタになったぞ……とでも思わなければ、衝動買いで給料日前に2310円を使ってしまった痛みは忘れられない……。

映画崩壊前夜

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