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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

ミュージシャンとアーティスト

大野佐紀子氏の『アーティスト症候群 アートと職人、クリエイターと芸能人』は、文芸誌の広告に結構載っていて、気になって読んだ。

私は以前から、なぜミュージシャンが「アーティスト」と呼ばれるのか不思議だった。「ミュージシャン」や「バンド」「グループ」「シンガー」でいいじゃん。「アーティスト」って何やってるのか曖昧だし。
「そのアルバムのアーティスト名ってなんだっけ」「ミスターチルドレンだよ」こういう会話は変だ。
『アーティスト症候群』では、「アーティスト」と「職人」「クリエイター」の違いや、最近「アート」の中に入るものが増えてきた(いけばな、ヘアメイク、CG……)から始まって「アート」とは何かといった話題、タイトルからも想像される「なぜアーティストと呼ばれたいのか」の心理、さらにご自分のアーティスト体験まで語られる。
扱う範囲が広く緩くて最近の新書ノリみたいなところもあるのだが、「ミュージシャン」=「アーティスト」に触れた部分は初めの方だ。大野氏の記憶によると、日本で「アーティスト」の呼称が一般化したのは80年代前半だという。歌手でありかつ作詞・作曲をも行ない、独自の世界観を持つミュージシャンはアイドルなどとは区別され、リスペクトを込めて音楽ライターなどから「アーティスト」と呼ばれるようになった。(ところでここに書いてある、本田美奈子が「私はアイドルじゃなくて、アーティストと呼ばれたい」と発言したのに触れて、松任谷由美が言ったという「彼女がアーティストなら、私は神だ」という発言は凄い)
それがやがて、レコード会社によって戦略的に「アーティスト」と呼ぶ慣習が定着した。さらに80年代はMTVが入ってきて、実験的なPVの影響や「We Are The World」の成功も作用しているだろう、と書かれている。
ここを読んで私は、「あ、そういえば、ビルボードもArtistじゃなかったっけ」と思い出した。で、見ると確かにそうだ。
本書を読むとなるほど、日本で「アーティスト」と呼ぶ習慣は80年代にアメリカから輸入されたらしい、というのはわかるのだが、ではアメリカではいつ頃から使われるようになったのか? はわからない。
 ※
ところで大野氏は既に、2002年に20年に渡る芸術家活動をやめられたそうで、そんな方が書くだけあって世のアーティスト幻想に対して割と意地悪というか暗い書き方をされているんだが(わざとそうした、とあとがきにもある)、やっぱり凄いものは凄くて、「よーし俺も」「私も」という人間は後を絶たないだろう。
本書を読んで、アーティスト幻想を打ち砕く本として真っ先に思い出したのが、金井美恵子氏の『恋愛太平記』で、あの本では冒頭部分に、メインの一家の次女と、「コンセプチュアル・アーティスト」の男との馴れ初めが書かれる。
「コンセプチュアル・アーティスト」の男・塩瀬は芸大の彫刻科を出ていて、次女の朝子は女子美大に入学したばかり。アーティスティックな雰囲気をプンプンにまとった男は、作品を発表したりしているし、芸術にはスッゴク詳しいし、で、朝子は「こんな男性が自分と付き合ってくれるなんて」とまいってしまう。で、長く同棲するのだが、やがて塩瀬より朝子の作品(絵)の方が高く評価されるようになる。
そして別れる時、押入れの奥から塩瀬の昔のインスタレーション作品が出てきて、古いし、いらないので、捨てる。この扱い!
それと後はどこだったか、金井氏だから実在の文章だと思うが、新聞か雑誌で男性評論家が、主婦も家事をアートだと思えばラクになる、と書いていたのを登場人物が読んで、憤慨するシーンもあったと思う。
面白かったなあ。
 ※
ところでまた余談だが、高橋源一郎氏の『文学なんかこわくない』は、荒川洋治氏もほめていた本だが、この『恋愛太平記』の評論(?)も出てくる。
この評論(?)が実にアレで、いつものように、本論に入るまでが長くながーく、小説を評論するには、評論中に対象の文章丸まるが必要だ、とか(いや、読者が別で読めば良いだけでは)、評論が小説本体より長くなっちゃった小島信夫みたいな人もいるとか、「もっと端折れよ」と言いたくなることを書き連ねた挙句、『恋愛太平記』の文章を延々と引用して、結論をチョロッと書いて終わりなのだ。そのくせ、その後では渡辺淳一氏の『失楽園』の文章に、これまた長々といちいちケチをつけるのだから、「いや、高橋さん、やっぱり文学怖いんじゃん」と思う。

アーティスト症候群―アートと職人、クリエイターと芸能人

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恋愛太平記〈1〉 (集英社文庫)

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文学なんかこわくない (朝日文庫)

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