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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

誰かのフラクション

遅ればせながらやっと読んだ。「世界バカミス☆アワード」受賞で「凄い作品らしい」と知り、以来気になっていたけれど、先週急に読みたい熱が高まり、思い切って購入。事前にブログなどで感想をチェックしていると、「叙述トリック」「漫画にしかできない」「前代未聞」などとあり、叙述好きの私は、読む前から否が応でも色々と妄想が膨らんだ。
(漫画にしかできない? 全編が伏線になっている? そうか、あれか、『ローウェル城』みたいなのか……、いや、それとも、アメコミみたいにあるページのコマを左から右に読んでいくと、真相になっているとか……)
だから、勿論真相には驚いたけれど、やっぱり叙述ものは事前情報なしに読むのが一番いい。しかし、特に「あれ?」と気になったのは最後の方だ。ラスト、死体を埋めるシーンがあるのだが、その死体って確か、すでに発見されていたはずでは……。
 ※
最後の場面の矛盾は、これまでにも多数の感想で指摘されていた。しかし、作品のトリック、真相のインパクトから、「細かいこと」として片付けられることが多いようだ。ここでは、そのラストの違和感ついて考えたことを、少し書いてみたい。ちなみに、私は駕籠作品を読むのは初めてで、漫画にもあまり詳しくない。とお断りしておきます。
(以降、駕籠真太郎『フラクション』の真相について長々と触れていますので、未読の方はご注意ください)
1 「WAGIRI−MA」編の真相と叙述トリック
『フラクション』は「WAGIRI−MA」編(以下「W」編)と「MANGA−KA」編(以下「M」編)の二つのパートが交互に展開していく。それぞれのパートにメインとなるトリックが仕掛けられており、どちらも真相を知った時のインパクトは大きなものだ。「W」編は「連続輪切り魔」東野光太郎の視点で、彼による殺人とその模倣犯を追う様子が描かれる。一方、「M」編では、巷で話題の「連続輪切り魔」事件を漫画化するよう編集者・結城に持ちかけられた漫画家・駕籠真太郎が、「俺はミステリー漫画を書きたい、しかも叙述トリック作品を」と、編集者相手に「漫画における叙述トリックの可能性」を解説していく。
「M」編でトリックを解説し、しかも実践していることから、今作は「叙述もの」「メタミステリ」とされている。全体としてはその通りなのだ。しかし例えば、「W」編のみを「ミステリー漫画」として抜き出してみるとどうだろう。この部分だけでは、「叙述トリック作品」といえないのではないか(実際、「W」編が「叙述トリックである」というう感想は、見た限りではなかったと思う)。
「フラクション」の後に付いている「キーワード解説集」では、

叙述トリック:読者の思い込みや偏見などを利用して騙す作劇上のテクニック」

とある。「W」編のトリックは確かに、「読者の思い込みや偏見などを利用して」いる。しかし、それだけなら叙述トリックのみならず、あらゆるミステリーがそうだといえるだろう。作中で駕籠は「叙述トリックというのは作中人物を騙すのではなく読者を騙すものなんだ!」というが、「W」編の主人公・東野は信頼出来ない語り手であり、作中人物の東野自身がこのトリックに騙されている(というか、気づいていない)。
勿論、信頼出来ない語り手が、気づいて当然の目の前の現象を見落とし、解決編で指摘されて「ああ!」と衝撃を――そして読者も共に――受ける叙述トリック作品は多数存在する。だが、「M」編で駕籠が解説する「叙述トリック」のパターンは、「A(それ自体は謎ではない)を語り方によってA’に見せかける」というものばかりで、「キーワード集」言うところの「気違いオチ」は、ここでの「叙述トリック」編に含まれていない。
2 ストーリーと時間的な違和感
『フラクション』の全体は、叙述トリックのみならず物理トリックを含め、複数のトリックを組み合わせた、複雑なものだ。「W」編自体は、「信頼出来ない語り手」のトリックを含みつつも、基本的には「物理トリック」寄りといえるのではないだろうか。
ここで不思議なのは、作品の展開だ。「W」編の筋書きはどうだっただろうか。「連続輪切り魔」東野。兄が失恋で自殺を図ったことから、彼は次々と女性を殺害していく。そんな彼に便乗するかのように、三件の女性輪切り殺害事件が立て続けに発生。東野は同僚で推理好きの藤岡と共に事件の真相を探るが、藤岡、そして上司の速水も輪切りにされた姿に……。
そして「M」編。エログロ漫画家である駕籠真太郎は、漫画業界での生き残りを模索。世間を騒がせる「連続輪切り魔」事件漫画化の企画を持ち込んだ女性編集者相手に彼は、「漫画における叙述トリックの可能性」を解説する……。
作品を最後まで読んだ上で、上記のストーリーを振り返ると、いかにも消化不良なのだ。
「W」編:東野は、死んだと思われた藤岡と速水、さらには兄までもが実は生きていたことを知る。「私達の新世界が始まるのよ!!」(終)模倣犯の推理はどうなった?
「M」編:「叙述」トリックによるミステリー漫画で新境地を開こうとしていたはずの駕籠は、なんと女性編集者を殺害し、「連続輪切り魔」の模倣犯となった上で、読者を騙していた。(終)→ミステリー漫画はどうなった?
いかがだろうか。『フラクション』を読んで覚える違和感の正体は、ここにあると思う。ラスト3ページ、これまで「分断」され交わることのなかった登場人物たちが出会い、作品は終わりを告げる。しかし、考えると時間的におかしい。東野たちは、3女性の死体が次々に発見され報道されたことを受け、模倣犯の推理を開始している。そして、藤岡の生存を確かめに行った東野が速水に制止されるのが、8月16日だ。だが、駕籠が結城を殺害したのが8月2日。残りの二人は4日、5日に殺されている(p53)。ところが、ラストでは、駕籠は女性の死体を埋めている最中に、「W」編の三人と遭遇している(p131)。私は初読時、3女性を一緒に埋めているのかと思ったのだが、例えば駕籠が、p53の死体発見場所にある通り、羽根木、大原、代沢と順に死体を捨てていったとする。p29に「世田谷区の結城さん方で」とあり、その他の二人については死体発見場所が家の中か野外かの記述はないので、ラストの場面は、最後の一人である重美を始末しているところだと考えられるかもしれない。しかし、ラストの場面が現実のものであれば、東野と藤岡が模倣犯について悩む必要はない。
3 誰のための叙述トリック
『フラクション』では、時間の情報が操作されている。例えば「W」編では、「○月×日□時△分」という時間の情報を表示したワクが頻出するが、「M」編でそのワクが初めて登場するのは、終盤のp105なのだ(そして次のp106を含め、時間ワクは「M」編では二度しか登場しない)。さらに、「W」編を読むことで読者には当たり前のものとして考えられていた「6〜8件目の事件」が「M」編で登場するのは、p100が初である。ここで駕籠は当然のように「で、輪切り事件の犯人像についての推理なんだけど… こういう考え方はどうかな 犯人は実は2人いる!」と断言するが、この時点では、模倣犯による事件はまだ発見されていない訳だ。当然、被害者である結城も、そんな情報は知り得ない。「M」編の会話では、「連続輪切り事件」について語っているようでいながら、実はほとんど語られていない。
ここで気になるのが、作中人物である駕籠が仕掛けた「トリック」についてである。彼が語る通り、叙述トリックは基本的に、「作者」が「読者」を騙すものだ。作中世界では、駕籠がやっていることは、罪を逃れるためのトリックでも何でもない。ただ無駄なことをやっているだけである。仕事場であんなことをやっていたら、もし警察に捕まった場合言い逃れできない。死体の処理は大変だし、周囲の不審だって招くだろう。駕籠は殺人犯でありながら、その辺については全く心配していない。言わば、「叙述トリックのためのトリック」。では何故そんなことをするかと言えば、「駕籠真太郎が作者だから」としか言いようがないのではないか。
4 「W」編と「M」編の関係は?
先述したように、「W」編と「M」編の登場人物が交わるのは、「M」編のラストにして作品全体の終盤3ページである(駕籠の被害者3人が「W」編で東野と藤岡の推理時に登場するとか、p13の喫茶ジャノアールの椅子とp32で駕籠が座っている店の椅子が同じだとか、細かい共通点はあるが)。
「W」編は、すべて作中人物・駕籠の作り出した物語ととることもできる。p41で

「じゃ何? 僕が例の事件の犯人像を推理していくとでも?」「そうです!」「まずいでしょ そりゃ現在進行形の事件でしょ?」「大丈夫です あくまで推測… というか妄想です」

とあり、またp100で

「長々と喋ってきたが… ここらでひとつ結論を出そうかな 例の輪切り魔の件だ」「あっ、やる気になったんですか!」「もちろんやるよ!仕事だからね!」「そこに叙述トリックをからめていこうかと思っている」

さらにp124で

「っていうオチ どうかなこの展開」「え〜何ですかそのお話…リアリティなさすぎじゃないですか」

とある。ここで明らかに「M」編の駕籠は、「W」編の登場人物たちよりメタレベルで上位に立っている。ラストで声をかけられた駕籠が「ビクッ」と驚くのは、作中作の登場人物と現実に出会ってしまった恐怖だろう。しかし、強烈なトリック二連発を経た読者にとっては、それはもはや大した驚きではない(そして、そこで時間的整合性は崩れ去る)。
「W」編が作中人物・駕籠の創作だとする。「例の輪切り魔の件だ」「そこに叙述トリックを絡めていこうかと思っている」と語っている以上、駕籠の作品構想は、結城に聞かせた「W」編の他に「M」編を含めたものだろう。ここで、作中で語られる「叙述トリック」について触れてみる。「M」編の「漫画でしかできないトリック」は、実は、映像的なトリックとテキスト的なトリックを複合させたものだ。小説ではありえない映像描写。文字情報ならではのセリフの処理。しかし、駕籠はなぜ、死体を3つも揃え、長々と一人芝居を演じる必要があったのか。「M」編の大部分の舞台となる駕籠の仕事場には勿論、監視カメラや盗聴器が仕掛けられているわけではない(どちらを騙すにも不十分な工作だ)。駕籠が騙そうと企むのはただ一つ、「読者の視線」である。駕籠は作中人物でありながら、テキスト外の「読者の視線」を意識している。ミステリー漫画の可能性が語られる他にも、『フラクション』は、この点がメタだ。
5 誰が書いたのか?
叙述トリック」は語り方の問題だ。あるものを全く別のものであるように思わせることで、受け手を騙す。しかし、叙述トリックを使ったミステリー小説を好んで読んできて、私は最近、語り方の恣意性が気になるようになってきた。
例えば、AとB二つのパートが交互に進行する。その二つがクロスした時、作品全体の衝撃的な真相が明らかになる……。つまり、同じ一つの話を、トリミングし、配列し、「ある先入観」を読者が持つよう、編集しているのだ。誰が? 「この作品」の作者が。いいだろう。私もその手の話が大好きだった。だけれど、「それはご都合主義なんじゃ?」という内なる声が、次第に無視できなくなってきた。話を「編集」するに当たって、何らかの「必然性」が欲しくなってきた訳だ。だから、何らかのいわくアリ気な「手記」をめぐるメタミステリだとか、「信頼出来ない語り手」の場合は、納得できる。しかし、単に全能の「作者」が「読者」を騙すためだけに、意味有りげに並び替えてみました、というんじゃ、ちょっとちょっと、と言いたくなる。
『フラクション』が面白いのは、言うまでもなく、「駕籠真太郎」が登場することだ。勿論、これは作者に似た人物を出し、心情を語らせることで、読者の疑いを遠ざけようという手でもある。「M」編では、コマ毎にカメラ(と便宜的に呼ぶが)の位置が通常の漫画のように、次々と切り替わる。しかし、このカメラのフレームは、作中人物の駕籠にとても都合良くものを映す(でなければ読者を騙せない)。そこから、この「M」編のカメラは、作中の駕籠が意識的に操っていると言うことが出来る。なぜ操っているのか? 
今回、書き進めて来て、ここで悩んでしまった。「W」編は作中作だとしよう。では、「M」編の必然性は一体、どこにあるのだろう。
……しかし、考えてみれば、私の書いていることは、始めから、言わずもがなのことなのかもしれない。以降は、これまでより脈絡のない感想を書く。
なぜ操っているのか。ミステリー漫画を成立させるためだ。漫画表現は当然、リアルな映像とは違う。「漫画世界」とでもいうしかないのものだ。『フラクション』の作者・駕籠真太郎の意を受け、作中人物・駕籠真太郎は、フレームを操り、一人芝居を続ける。作品外の「誰が書く」というのでもない、作中の「駕籠」の行動それ自体が、漫画表現となる……こんなケチな辻褄合わせもつまらないが、しかし、『フラクション』を読んで誰もが唖然とすることの一つは、駕籠のあまりにもあっけらかんとした「トリック」実演ぶりなのだ。出版不況で、漫画家としての状況も厳しくなってきた。何とかせなばならない。エログロは卒業。そうだ、ミステリーを書こう。そこへ、あっさりした結城の否定。殺害。ここまではわかる。「ミステリーだよ!!」という時の、忘れられないあの表情。何度見ても笑ってしまう。しかし、その後は何なのだ。叙述トリックの持論解説。実演。おかしいじゃないか? だが、私が「それはご都合主義なんじゃないか」と思ったかと言うと、そんなことはなくて、むしろ足場が崩されるような、宙吊りになったような感覚に陥った。『フラクション』で語られるテーマの一つは、「漫画にはフレームの外がある」ということだ。真相において全ての「フレームの外」が語られたかに見えたものの、原理的には、さらにその「外」がないとも言い切れない。……などということも、作品のあのエネルギーの前では、馬鹿馬鹿しいのだが。ここまで書いてきて、力尽きた。実際に読み返して欲しい。叙述トリックについては、また整理しよう。結局、私が言いたかったのは、『フラクション』の成功の一つは作者の分身が登場したことにあるということで、浦賀和宏作品にも通じるような点が興味深かったのだ。駕籠真太郎の次回ミステリー作品について期待だ(これでまた、作者が出てきたりして)。
ただ一つだけ、確信を持って言えるのは、私がここまで書いてきた「W」と「M」の文字についてである。はてなダイアリーでは判りづらいが、上下に並べると、何かを思い出さないだろうか?

フラクション

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