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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

【記録シリーズ2】二つの影

夜、高架橋の下を歩いていると、私の体が目の前の薄暗い地面に二つの影を投げているのに気づいた。柱側に連なる左右の電燈から、つまり二つの角度から背を照らされているためだろう。これが三つの角度なら三つの、四つの角度なら四つの影が原理的に考えてできるはずだ。しかし光源が増えれば増えるほど、周囲は明るくなってゆく。影はその濃さを減じてゆく。道の真ん中を歩くと、ロールシャッハ・テストの図像のようにきれいな対照を描いて、消え、また描いた。頭部に近いほどいかにも頼りなく、うすい。二つの影。なんだか口笛でも吹きたい気分だ。そこで思い出したのは、小学生の時に読んだ、ポプラ社の「学校の怪談スペシャル」の文庫版の、あれは何だったのか、創作怪談ではなくて全国の読者(同じく小学生)からの短い投稿(おそらくシリーズの既刊にはさみこまれた葉書に書かれたものだろう)を集めた巻に確か、ある時、自分の影が二つになっていた、というような、それだけの、一、二行の文章があった。そう、あの投稿欄は断章だったといってもいいかもしれない。エピソードの集積。どの文にも末尾に書き手の在住地域が記してあるから、地元の奴がいないかとけっこう探した。いまになって思うに、二つの影ができるくらい、怪異現象でも何でもない。ちょっと考えればすぐに分かる。たとえば現在の私のシチュエーションのような。なぜ編集部はあんな投稿を載せたのか。子供は葉書に書き送ったのか。なにしろたった一、二行だから、詳しい状況がわからない。わからないからなんとなく不気味だ。その二つの影とはいったい、何だったのか? 家路を急ぎながらつらつらと思い浮かべていると、記憶の中の文章が日常から切り離され、暗闇にきっぱりと立ち上がってくるのが見えた。それは不思議な魅力を放つ。まるであらかじめ五体を失ったトルソーのようだ。