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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

a day in the life of mercy snow

ミステリ

ミステリ作家の殊能将之氏が亡くなられたということで、旧作を再読しつつ、現在は失われた公式サイト「a day in the life of mercy snow」の記述を振り返っている。
去年の夏、so-netからは削除されたが、インターネット・アーカイブ旧アドレスを入力すれば8割程度は見ることができる。
「2004年以降はリンク先が無いじゃないか!」
という人は、アドレスの数字をチョイチョイといじくるべし。
たとえば、「memo」欄2004年10月から別のところに飛びたい時は、ウィンドウに表示されたアドレスhttp://www001.upp.so-net.ne.jp/mercysnow/LinkDiary/links0410.html の、links以下の数字を任意の年月(月の後半が見たい場合は「1」を加える。たとえば2005年9月後半なら「05091」といった具合)に合わせると、運良く残っていれば読める(読めないものもある)。
ちなみに、2000年から2010年にかけて執筆された「memo」欄の残存箇所のテクストをコピペして保存していったら、総計してだいたい200万字だった。もし全体が残っていたら推定するに240万字近く、原稿用紙に換算して約6000枚はくだらないだろう。
6000枚がどのくらいの数字かといえば、中里介山大菩薩峠』1万5000枚、プルースト失われた時を求めて』邦訳1万枚、大西巨人神聖喜劇』4700枚、古川日出男『聖家族』2000枚、……というふうに並べると、わかりやすいだろうか。
枚数としてはおそらく武田百合子の全作品は優に超え、「岩波全集版で3000ページ以上」という触れ込みの40年以上にわたって書かれた永井荷風断腸亭日乗』にもそれほど劣らないのではないかと思う。
氏の場合、上記の公開日記に加えサイトの読書日記、夢日記の他、知人用の非公開日記もあったということだから、そのマメさがわかる(次いで分量が多い「reading」と名付けられた読書日記は約600枚だった)。
私は2003年頃から更新が止まる2010年3月までほぼ毎日、朝晩一日二回は訪れていたから、その長さに気がつかなかった。これまで作品ばかりが論じられ、『キマイラの新しい城』以降は主に2ちゃんねるスレッドなどで「memo作家」等と揶揄気味に語られてきたが、どうしてどうして、公式サイト内の記述のほうが、『ハサミ男』に始まる作品全7作より多いじゃないか! これは天性の日記作家として、今後評価が多少変わってゆくのかもしれない(振り返るに、Twitterに移行して以降は、私みたいな読者は「やっぱりmemoすら書かれなくなったとすると寂しいなあ。料理の話もほぼ全滅したし」くらいに思っていたのだが、それほどの日記作家がある時急に身辺の記述を止めるということは、前兆だったのだろうかという気がしてくる。それにしても、「memo」の2010年3月のあの最後の記述、〈サマタマサトさんから御著書『HOW TO SOX』(こういうサービスがあるのね)をご恵贈いただく〉――最後の二年はインターネットアーカイブですら落ちているようなのでウロオボエの記憶で再現してみたが――を何度覗いたことだろう)。
いま思えば、およそ「連載」というものをあれほど心待ちに、しかもこれほど長い期間定期的に読んでいたものは他にない。伊藤計劃氏のように、小説以外の原稿と合わせ書籍化されるのか否か(とはいえ日記については、ハイパーリンクというインターネットの形式が果たす役割が大きいと思うけれど)はまだわからないが、いわゆるゼロ年代をぴったりと蔽うこの国の時事、テレビ、映画、音楽、SF/ミステリ出版事情、料理事情などについての定点観測として、なんらかの形で保存されて欲しいと思う。
ちなみに再読についての感想はまた後日、追悼記事が掲載されているという「メフィスト」2013年第一号などを入手した上でアップする予定。