立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

クロス装

大江健三郎『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』が書店に並んでいたので手にとってみた。本体が1800円とはいえ、カバーを外すと表紙がクロス装金箔押しなので(つまり、昔ながらの造本なので)、驚く(装幀は司修)。確か大江健三郎の小説の近作がソフトカバーであることについて、「晩年のスタイル」(サイード)と結びつけて(純文学の大家がふつう晩年になるにつれてクロス装や箱入りで高定価といった重ったるい造本になるいっぽう、軽快なソフトカバーであることで円熟に背を向けるスタイルを実践している、というようなニュアンス)以前、誰か書いていたのじゃなかったか? と思いいろいろ探してみたものの、見つからない。帯文の「おそらく最後の小説」(著者)という言葉を信じる読者はおそらく少ないと思われるが、書き下ろしや一挙・断続発表でない、15年ぶりの連載小説だったということもあり、これまでと違った印象を受ける。

[2013.10.31追記]金井美恵子『目白雑録2』中の「文芸時評風! 二〇〇五年十一月」の一節でした。

ソフト・カヴァーの装丁が海外の小説や批評の本のスタンダードだとは言え、日本では作家としての仕事の晩年期にさしかかった小説家の本は、上製(時に布装)箱入りというのが伝統的な造本だったのだし(川端、三島の最後の本の新潮社の造本を見よ)、<最後の小説>などとは言わない、ということなのだ。「世界文学」という基準の中でのソフト・カヴァーとは別に、日本の出版界で『チェンジリング』三部作以後の大江の本がソフト・カヴァーで作られていることについては大江健三郎の強い意志を感じる。

「晩年のスタイル」とは書かれていないですね。これは『さようなら、私の本よ!』刊行時の言及で、その後、『水死』(2009年)もソフトカバーでした。
 ※
あと文春学藝ライブラリーも同時に初めて見た。値段から勝手に選書(中公選書のような)なのかと思っていたら、文庫だった。ちくま学芸文庫のような路線を狙うのかしら。カバーは文春文庫と同じあのツルツルなので、どうも割高なイメージを持ってしまう。

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