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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

スキルアップセミナー

音楽

 トリプルファイヤーの新作『スキルアップ』はまだ入手できていないんだけど、インストアイベント「スキルアップセミナー」が近くであったので、行ってきた。
 生で観るのは初めてだったんだけど、静かな緊張感が漂っているなかに始終笑いが起こっていて(「M−1グランプリ」の決勝のスリムクラブの時のような……)、すばらしかった。
 このグループは本当に良いなあと思ったので、以下知らない方に向けて、書いてみる。お暇があれば読んで、聴いてみてください。
スキルアップ』に入っている曲をいくつか聞いた印象では、前作より、音の面ではシンプルになりつつ、歌詞のほうは、紋切り型のフレーズをカット&ペーストする範囲が広がって、前景化してきていたように思う。ほとんど木下古栗かという感じ。
『エキサイティングフラッシュ』ではまだ、そうしたクリシェが歌詞の主人公の“だらしなさ”と結びついていて、世間的な価値観と自分の現実とが内面で葛藤しそのダウナーさが演奏と結びついてかっこよさに昇華する……という印象だった。私はそんなふうに聴いていた。たとえば、

かけがえのない俺の若き日々と俺の野心が
パチンコ屋の爆音に掻き消されてうやむやになってしまった
(「パチンコがやめられない」)

おばあちゃんオレオレもう我慢できない
俺の個性を生かせる受け皿が社会に用意されていない
(「おばあちゃん」)

 とか。
 いや、でも「ガンダーラ」の、

さっきまでの事が幻のように
穏やかで優しい心を持ち
今ではこうしてロシア文学を嗜むこともできる

 というくだりでは、「なぜここでロシア文学が?」という唐突感があった。
スキルアップ』の歌詞では、こうした唐突な異化作用が全開に繰り広げられていると思う。それは一般的なだらしない青年という縛りを離れて、「これを歌っているのはいったい、誰なんだろう?」という妄想的な領域に入り込んでいる。
 表題曲の「スキルアップ」では、主人公が自分の仕事内容を詳しく説明していくんだけど、聴けば聴くほどアクションゲームのような作業は実際には何をやっているのかよくわからない。そして最後に、

以前はこうして棒を突き刺したり風船を膨らませたりする毎日に
何の意味があるのかなんて考えたこともあったけど
指導力のある上司や充実した設備のお陰で確実にスキルも付き
ここまで大きな現場を任されるようになりました
ありがとうございます

 というフレーズが入り、「ありがとうございます!」の連呼で終わる。
「指導力のある上司や充実した設備のお陰で確実にスキルも付きここまで大きな現場を任されるようになりました」という言葉は、現実社会にあってもおかしくない。でも普通、誰もそれをロックの言葉として聴きたいとは思わない。社会は社会、歌詞は歌詞として、言葉がいわば棲み分けている。
 表題曲を始め、定型句が『スキルアップ』収録曲の歌詞の中に持ち込まれると、そうした言葉が非常に薄っぺらいものとして響く。けれど重要なのは、そうした言葉を単にバカにしているわけではないというところだと思う。
「指導力のある〜」という言葉には、“いわされてる感”がすごくある。でもいっている本人は、本心からだと自分で思っているかもしれない。自分の発する言葉が、自分の言葉であると同時に他人の言葉で出来てもいる以上、常に自分の言葉だけで話すことは誰にもできない。――というようなことを、ふだん“ロックの言葉”とは思われていなかったフレーズを貪欲にとりこんでいく歌詞の奇妙なコラージュによって、はっと気づかされる。
 社会は社会、音楽は音楽として、つまり全く別の世界として言葉が棲み分けている場合、音楽は“自分の言葉”を響かせ辛い社会(=他人の言葉に満ちた空間)を忘れるガス抜きとして聴かれる。しかし本当は繋がっているはずの両者を単独に捉えると、音楽もまた“他人の言葉”で出来ていることが見過ごされがちになってしまうと思う。“自分の言葉”であるはずの音楽に“他人の言葉”がドンドン入り込むトリプルファイヤーを聴いていると、なんとなく嫌〜な気持ちがしないでもないが、そうした言語使用の秘密の暴露と禁欲的な演奏とがあいまって、しだいに不思議な興奮を覚えてくる。
カモン」では「みんな〜」「声出せ〜」「両手挙げろ〜」「体揺らせ〜」「カモン!」といったライブでよくある言葉がそれこそ機械のようにコラージュ的にひたすら挿入される。ほとんどメロディーがない曲をこんなふうに持たせるというのは凄い。
 僕が最も印象的だったのは、『スキルアップ』の最終曲でこの日も最後の演奏だった(アンコールで「次やったら殴る」もあったけど)「ブラッドピット」。一番では「那覇のブラッドピット、〜」というふうに、全国の地名に続けて「ブラッドピット」が次々と連呼されるんだけど、二番ではそれが変わって、「錦糸町のジョイ・ディヴィジョン、〜」などと、「ジョイ・ディヴィジョン」になる。そして、「お父さんも昔は高田馬場ジョイ・ディヴィジョンと呼ばれていたんだよ」と結ばれる。
高田馬場ジョイ・ディヴィジョン」というフレーズは、いつか誰かが付けたのだろうバンドのキャッチコピーだ。自分たちに貼り付けられたキャッチコピーをこんなふうに歌詞に取り込むとは……。

スキルアップ

スキルアップ