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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

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『紫藤はるか短編集』(あじさいノベルス)を読む。
題名通り、紫藤はるかさんという作者が同人誌に書いたものをまとめたもの+αの電子書籍
エアミステリ研究会というネットサークルの方々をいつ頃からフォローするようになったかはすっかり忘れてしまったが(2010年頃?)、同人誌を文学フリマで初めて買ったのは「競作:○○を読んだ男」特集の2012年だったと思う。そこで「酩酊輪舞〜西澤保彦を読んだ男〜」を読んだ時は驚嘆した。学生的なノリの延長線上の同人誌は何年か読んできたものの、その中でも文章と構成のクオリティーは抜きん出て感じられた。当時のブログhttp://blog.livedoor.jp/unconfirmed_alice/の文章とのギャップにもとりわけ驚いた。二転三転する推理、呑みながら議論する設定とその後の展開も含め、見事なパスティーシュになっていた。
同人誌には基本的に校正・校閲がないから、誤字脱字や根本的な穴があるものも多いし、人称や設定に混乱があったり、レイアウトが独特で読みにくかったり、読むのがそもそもツラかったりすることもある。そうしたラインを最低限くぐり抜けて面白いか/面白くないかが判断されるわけだけども、「酩酊輪舞」はそんな低いところはさっさと通り越していた。それから「座敷牢の中には」、「赤い糸」と読んだ。トリックやロジックは勿論、何より作風に確固たるものがあった。
――とはいえ、そのダウナーな設定や台詞の端々からは、どこかのライトノベルやゲームで既に見たような、同人感や二次創作感を受ける。私は元々そういうのはニガテなのだけれども、しかしなぜか、それに微妙な懐かしさを感じてしまう。たぶん年齢が近いせいかもしれない。なぜ自分はこんなところで生き残っているのだろう? なぜ彼女はこちらではなくあちらにいるのだろう? 思春期の頃、誰しも一度はそう考えたと思う。しかしそんなものへのリアリティは多くの場合、歳を重ねるごとに薄らいでしまう。「黒歴史」として封印され、あったことがなかったことにされる……。そんな、二重の非実在への憧憬。この作品集の中で若い登場人物たちは、あるべき何かが実在しない――欠けているからこそ、罪を犯したり、謎を解いたりする。そしてその非実在性の確かさをより強固なものにするためにこそ、作者は造形し、読者は手触れる。非実在と実在はそこで出逢う。運が良ければ、うまく踊ることができるだろう。
凡々たる私の今のリアリティはもう、この作品世界にはない。けれどそのブラックホールのような吸引力には引き付けられる。“ないこと”を“あること”にし続ける暗い夢の膂力は、簡単に維持できるものではないと知っているから。
「あとがき」によればこの集に収められた短編のほとんどは、同人誌の特集の縛りを受けて書かれたものだという。こうした条件での短編づくりは、すでに自家薬籠中の物なのではないだろうか。設定の既視感に心を配って(書き下ろしは短すぎると思う)今後そこからオリジナルなものが出てくれば、飛躍していく方だと思う。
……私の言っていること、確かに伝わっていますか? もし伝わっていたら、読んでみてください。私のオススメは夢野久作にインスパイアされたと思しきメタミステリ「守居鳥亞弥子の狂人理論」。