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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

日記について

   1

 他人の日記を読んだことのない者がいるだろうか?

 ――というとき、まず私が想定しているのは、主に本のかたちで公刊されたものだけれど、それに限ったとしても、これまで読んできたさまざまな日記があれこれと思い浮かぶ。
 戦中のもの、学生時代のもの、病中のもの、死に至る晩年のもの、青年が自殺するまでのもの、若い夫婦の交換日記様のもの、あるジャーナリストの全盛期のもの、夢、食事、性交のたぐいを書き留めたもの、エトセトラ、エトセトラ。とりわけ文学者によるものが多い。
 ひとくちに日記といっても、挙げてみればその内容には実に幅のあることに気づくが、むろんインターネットの普及以来、市井のひとびとの日々の記録にも手軽にアクセスできるようになった。
 災害にまきこまれた状況をめぐるもの、長い公害訴訟の日々を記録したもの、飲食店やら観光名所やら神社仏閣やら美術館やらを経巡ったもの、購書リスト、作家志望者の投稿遍歴、通っている学校でいじめにあう様子を淡々と綴ったもの、新しい恋人との交際から別れまで数ヶ月ほどの心境変化が手に取るようにわかるもの、……といったリストづくりはこのへんでやめておくことにするが、なんとまあ自分自身の膨大な時間を他人の時間にすり替えてきたことか、と我ながら呆れてしまう。
 しかし、こう述べるのは信用ならないかもしれないが、私は決して、日記というものが概して好きだから読む、というようなことはしてこなかった。単に、そのときどきに、私の目の前に、他人の時間の蓄積がふいに通りかかり、興味を惹かれれば手にしてみる……それくらいのことだった。
 現に、私自身は日記を長くつけていない。もちろん、小学校なんかでは授業でつけ方を習ったような気がするし、評判のいい筆記具や記帳を買い求め意気込んでペンをとった機会も両手に余るほどありはするものの、一ヶ月と続いたことがない。
 なぜだろう? 失敗するたびに私は考えたものだった。

   2

 今日、ある高名な作家の従軍日記を読み、ひとつ思いついたことがある。
 そこでは数ヶ月の空白期間があるのだが、再開にあたり書き手は、
「この間、――ヶ月」
 と、広告ふうなイラストを自分で入れているのだ。
 このあたり、私には絶対に思いつかないところで、当然だが、もしメモ代わりに済ますだけなら、読者は書き手である自分しかいない。無沙汰の詫びにそんなデフォルメなど要るだろうか。
 と、素朴に感じる。
 いったい、誰の眼を意識しているのか。
 のちに類まれな傑作をものす若い作家は、事ある毎に反省してばかりいる。青年らしい向学心に燃え、しかし怠け心はなかなかやる気を起こしてくれない……風船人形のような、その繰り返し。
 ああ、峻厳な――とは文章でしか知らないけれど――あの人もそうだったのか。と思うと同時に、文章のうしろで表面に出てくることのない勤勉さ、「ここ」から「そこ」へと至る時の魔法をも思う。
 先に「思いついたこと」と書いたのは、この戯画化、客観化にある。ナルホド彼も裏では世間並みにこのような切ない背伸びをする雌伏の時代があったのだなア……などと親近感を覚えだしたら、書き手の思う壺。騙されてはいけない。大酒して悔いて、の毎日で誰もが一角の人間になれるわけがない。裏と思ったつもりが表、はこの手の言葉につきものではないか。
 暗い時代にあって、おそらくそのノートはこの世の圧力から逃れ自身を繋ぎ止める場所と働いたと思う。自己が自己であるために少しく演技(嘘ではない)が混じるのはむしろ当然だと思う。この時、書き手いや語り手はみずからを聞き手に想定している。実際には戦後数十年経って従軍日記は公開されたわけだが、執筆当時はおろか陽の目を見るまでは自分しか手にする者がいなかっただろうから。
 ひるがえって私は、恥ずかしながらこれまで自己の危機といえるようなことに瀕した経験はないし、何より自分の声を聞き続けることに耐えられない。日記といえど文章であるからには巧拙の差はあって、世の執筆者の方々はそのあたり、いったいどのように考えているのだろうか。

   3

 などという話を置いたのは、あることを思い出したからにほかならない。
 ここからが本題。
 同い歳の少年が書き綴る日記を、熱心に読んでいた頃があった。
 とは奇妙な状況だが、つまりこういうことだ。彼(仮にAとする)と私とは、高校一年のクラスメートで、Aはよく自分の日記を、教室にある自分の机に放り出しておくのだ。
 その行為に最初に気づいたのは、いったい誰だったか。私は教えられて、彼の様子を盗み見ることになったのだ。
 夕陽の差す放課後、Aが帰り仕度をしている。私たちはそれを、少し離れた場所から観察している。何気ない仕草でAは大切であるはずのそのノートを、ポン、とわざと投げるようにして(いま目を瞑れば、その音が蘇るようだ)、机の表に出しておく。そのまま彼が帰ったのをしっかりと見定め、われわれはそろそろと歩み寄る。
 そこには実にさまざまなことが書かれていた。
 きっかけは、クラスのマドンナ(とはなんと古い言葉か!)的存在だった美少女との交換日記的文通的連絡ノートのようなものだったらしい。彼女の数々の悩みに、Aが答える。それを読むわれわれは、彼女を仰ぎ見るばかりでろくに口を利く機会すらなかった者ばかりだから、誰もが羨望とともにひゅうっと口笛でも吹きたい気分だった。
 ところが彼女の悩みとは他校にいる恋人に関する問題で、つまりAは人畜無害に体良く男心をレクチャーする役回りだった。しだいにやりとりが減り始め、彼女がノートに記した最後の日付から、Aの文章は迷走を始める。
 主なものは、「前世」にまつわる思い出だった。いわく、Aと彼女は前世において、美しい兄妹だった。だから現世でも惹かれ合う運命にあるのだ、自分は彼女の「匂い」でわかる、教室中を満たすこのかぐわしき匂いになぜ他の誰も気づかないのか、云々。
 嫉妬から同情、そして嘲笑へと観衆の興味が移り変わった頃、心配になった私は一度、彼にそれとなく(まさか、君の日記を読んでいるよ、とは面と向かってはいえない)調子を聞いたことがあった。
 対する彼の回答は、次の「更新」へ、すぐに反映された。

 ――最近、N(※私のこと)が五月蠅い。

 私は頭にきた。
「うるさい」をわざわざ画数が多く面倒な漢字で、手書きで書くのもさることながら、たかだかnoisy程度の気分を「五月蝿い」などと気取ったふうな当字で記すこのセンス! そんなに五月蝿が好きなのか!?
 それから、私が彼を気遣うことは一切なかった。とはいえ、皆と一緒に「日記」の閲覧は続けていた。
 そんな関係が、いつまで続いていただろうか。
 ……考えるまでもない。
 もちろん、Aが彼女に対する傷害事件を起こすまでだ。

   4

 フレドリック・ブラウンの「叫べ、沈黙よ」という短篇に、こういう話がある。誰もいない森の中で木が倒れる時、木は音もなく倒れるのだろうか。聞く耳のないところに音は存在するのか。この人口に膾炙した知恵の輪に、語り手はこう答える。「音」という言葉には、辞書では二つの意味がある。主に空気による振動という意味と、その振動を聴覚器官が感じ取ったものという意味と。振動の意なら耳がなかろうと存在する。しかしもう一方の意なら、耳がないところでは振動は音と感知されない……。
 なかなか優等生的な解答だが、Aと私の関係も似たようなものかもしれない。つまり、日記というテクストは、書き手の元から公開されない限りにおいては、単に人知れず綴られたシミに過ぎない。そこから読み手の眼を通すことで初めて、無数の意味が立ち上がるのだ。
 彼が、複数の他人に読まれたいと思って、自身のノートを放置しておいたことは疑いない。けれど、なぜ彼がそんなことをしたのかについては、皆目見当がつかない。
 思春期の自意識のなせるわざだろうか。
 でなければ、私が日記の読者となることもなかった。

 ちょうど一年前、盆休みで地元に帰省した私は、実家近くのコンビニで、およそ十年ぶりにAを発見した。
 彼は店員として働いていた。私に気づいたとは思えない。あの頃から容貌はあまり変わっていなかった。
 事件から彼は学校に姿を見せなくなっていた。詳しい話を教師たちは伝えなかったが、少年院に入ったというもっぱらの噂だった。
 彼女が自死を遂げたのは二年生になってしばらく経ってからだった。事件を苦にしてとは、私たちには明らかだった。

 そろそろ気づいたかな。
 Aよ。
 お前がこのブログを覗いていることを、私は知っている。
 この一年というもの、私は自分のブログに、あるミステリ作家の話題を集中的に書いた。昔お前がノートを「更新」していた時、よく名前が出てきた作家だった。私たちはその話をしたことがあったね。その話題がお前にとって「五月蝿い」ことであったかどうか、私は知らないけれど。
 お前をコンビニで見かけてから一年が経った。その間、調査の余裕はじゅうぶんにあった。お前が地元の進学校だった高校を退学したこと。お前が老いた両親と今も一緒に暮らしていること。お前が金銭的な余裕から、家にはインターネット環境もパソコンもないこと。お前が古い携帯電話をずっと使い続けていること。お前がそこから抜け出そうと、拙い小説をあちこちに投稿していること。お前がそれで落選しては自分のブログで投稿作を公開していること。お前が週六日のコンビニのアルバイトのほか、週一回決まった時間に近所のインターネットカフェに入っていること。
 今は優秀なアクセス解析ツールというものもある。だから毎週、この時間にお前がネットカフェで私のブログを覗いているということも知っている。
 十年前の八月十九日。
 彼女は自ら命を絶った。
 それは信望者である私たちにとって、たいへんな衝撃だった。しかし法律の壁があって、それからお前の詳細を知ることはできなかった。
 八月十九日。
 彼女は五分間、校舎の屋上に一人、佇んでいたという。何を思っていたのかはわからない。
 お前の文章に何が足りないのか、最後に教えてやろうか? それはお前が決してあの過去と向き合わないからだ。世間並みに「黒歴史」などというレッテルで閉ざしているからだ。馬鹿をいえ、「黒歴史」などで済む話じゃない、断じて。だからいつまでも薄っぺらな借り物の言葉しか使えないのだよ、永遠に。
 お前はあの頃のことを、本当に覚えているだろうか。
 それを確かめたくて、私は今日という日の五分間をお前から盗むため、この文章を書いた。予約投稿だから、しかるべき時間に、いつものように公開されるだろう。そのあいだ、私はおまえの背後へと忍び寄るだろう。
 私が盗みたかったのは、お前の今日という五分間と、それと――

 さあ、しばらくのあいだうしろを向かず、静かに画面のほうを見ていてくれ。