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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

初秋と海と

雑談

海。
とたった一文字記すだけでなにやら私の中に潮が満ちてくるのを感じる。
二十歳になる前まではよく一人で渚へ出た。
人影のあることはほとんどなかった。
波打ち際に足の裏を向け両腕をだらしなく伸ばしたまま横に浮かんで水温二十度の海面から顔だけを出すと(哺乳類なので)、水が耳に栓をする働きですべてこの世の物音は遮られる。
どこまでも視線を吸い込む天空を背景にちぎれた雲が夕陽に染め上げられている。
視界にあるのはそれだけ。
身体をそんなふうに預けるのが好きだった。
と、あるとき話したところ相手の女性は
「あそれ私も好き」
と笑って意気投合したことがあった。
家の近くに昔誰かが名づけた
「海の見える丘公園」
という場所があってもちろん汀から遠く離れた内陸部だから大きな老木の向こうでは水平線の代わりに凸凹にうねった山の稜線が空との境界を区切っている。
ここが夏の夕暮れの海辺ならなあ。
と曇天下の街中を歩きながら思う初秋なり。