立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

 先日のこと、ある人が、ぼくにこうささやいた。作家Bさんは、やはり、すごい人だと思う。「あの人、ほら。決して、えらくならないでしょう」と。
 そういえば、ある傾向のものを書かせたら右に出る人がいないと思われる存在である。名前も通っている。でもBさんは、結果としてえらくなっていないのである。えらくなるというのは賞をいっぱいもらうとか、国際交流でパリに行くとか、文壇のなになに委員になるとか、そういうことをとりあえずはさしているのだ。条件はそろっているのだから、本人の気持ちひとつで、えらくなれるのに、その人はえらくならない人なのである。その「えらくならない人」という語感に、その人の生き方は、たしかにぴたりと重なるのである。
 そういえばBさんは最近あまり本を出さないなと思った。
 Bさんは一一年前、一九八六年四月五日深夜、酒を飲んでテレビのナマ番組に出てきた。べろんべろん。アルコールが入ると、どうにも正体のなくなる人なのだ。首もふにゃふにゃ。
 大の作家が、こんなことでは困るよなあと、はらはらしながら見ていた。すると、そこにいた「とんねるず」の二人に、完全にばかにされているのである。なんと、こづかれたりしているではないか。会場のわかものは、ここぞとばかりに笑った。その作家のものなどまず読んだことがない人たちだ。ただの酔客にしか見えなかったはずだから無理もないが、Bさんの作品を知る人には、悲惨な光景であった。
 それから九年後(一九九五)、Bさんが、昼のナマ番組に出た。衛星放送だ。もちろん、しらふだった。
 鳥取の砂丘の見えるところで、ベンチにすわり、童謡について一人で静かに話をした。「月の砂漠」(大正一二年)などの話が出たと思う。そのときの言葉は澄んでいた。話すときの表情も秋空にふさわしい、すがすがしいものだった。作家その人に返ったBさんは、まばゆかった。すてきだった。
 それがBさんの姿である。でもあの日、べろんべろんになって出演者にけんかを売り、逆に打ち負かされて笑われたなさけない人もBさんだ。どちらもその人なのだ。そこにBさんという人がいるのだ、と思うと、涙が出た。こういう人はいない。いなくなった。えらくならないための生き方をこの人は身につけているな、とぼくは思った。
 えらくならないということはどんな宝にもまさる才能なのかもしれない。しかしこの時世にてらすと、影のうすい人なのである。静かに一人「月の砂漠」を行くようなものだ。
荒川洋治「月の砂漠」より。初出:「大航海」1997年4月/所収:『本を読む前に』新書館、1999年)


野坂昭如先生が2015年12月9日に亡くなられたという。
物心ついた時、私は先にテレビの印象があり、次いで映画『火垂るの墓』、小説という順だった(世代的にはほとんどがこのコースか)。上の言葉はテレビに映った姿を語ってもっとも印象ふかく残った一文なので、ご紹介させていただきました。
合掌。