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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

佐々木中『切り取れ、あの祈る手を』(河出書房新社、2010)を読んだ。

作家の後藤明生さんが「何故小説を書くのか」と自問して「小説を読んでしまったから」と、あの独特の人を食ったような不思議な感じで答えていますね。これは、実は同じことなのですね。読んでしまったんです。だから書くんです。何度読んでもそう書いてある。そして他にどうしようもない。ならそれをするしかない。書くしかない。
本書の主題は「読むこと」と「書くこと」にある。この後藤明生の有名なフレーズは私もこのブログで紹介したことがあるけれど、それを初めて知ったのは、金井美恵子の『小説論』だった。
これは後藤明生が小説論のなかに書いていた言葉ですが、「読んだから書いた」というのが、小説家として、なぜ小説を書くのか、という質問に対する答えだ、ということになるでしょうか。/もちろん、こうした言い方が、別にポストモダンというわけでもありませんし、ことさら知的というわけでもないのです。(金井美恵子『小説論 読まれなくなった小説のために』)
後藤自身はおそらく同じことを様々な場所で書いているのではないかと思うが、とりあえず目につきやすいものとして、『小説――いかに読み、いかに書くか』冒頭の記述を引いておこう。
なぜ小説を書きたいのだろうか。それは小説を読んだからだ――という形で、「読む」ということと「書く」ということを、結びつけてみようと思ったのである。すなわち「読む書く」という関係である。(『小説――いかに読み、いかに書くか』)
金井著の記述より本人の方が、はぐらかしもあるのだろうが、冗談めかしてやや突き離した感じがある。佐々木著の紹介は更にマジメである。そしてこの「マジメに受け取る」ということこそ、『切り取れ』という本の真骨頂であり、「なぜ書くのか。それは読んだからだ」という言葉をどれだけ広く長く深く受け取ってゆけるかというところに、すべてがかかっている。

一方で、「本はマジメに読めるものではない」とも本書はいう。なぜなら、本当に危険な書というのは、もしマジメに読むならば読み手を根本的に変化させかねず、それでは穏当な社会生活は送れない。ゆえに多くの人は危険な書に出逢っても、無意識的にブレーキをかけながら読み、適当なところでのめり込むことを防ぐ。するとどうなるか。その書はしだいに誤解され、誤解が通念として広まり、後になればなるほど読み手は自分が読んだ内容と世間的通念とを勘案して、世間のほうをとる。自分が狂っているのか、それとも自分以外の世間が狂っているのかという狭間に立たされたとき、自分のほうをとることは困難だ。しかし時折、「マジメに読む」者が現われる。たとえばムハンマド。たとえばルター。聖典をマジメに読んだ時、どう考えても書物に書かれてあることと世間がそこに読みとったこととは一致していない、と彼らは見た。したがって自分が「マジメに読み」とったほうをとり、世間的通念を「書き」変えねばならない。この時、「読み」「書く」ことは、革命になりうる。
後藤もそうだった。彼がロシア文学科の学生だった時、ロシア文学をめぐる状況は通念の方が支配的だった。御用評論家が権力のお墨付きを受けていた。
スターリンといえば、いまでは文学の敵と相場は決っているようなものであるが、当時はちゃんと生きていて、ソ連および世界中の進歩的といわれる人々を支配していたのである。そして、日本じゅうの大学という大学では、「スターリンカンタータ」が歌われていたのである。/つまり、エルミーロフの『ゴーゴリ研究』は、社会主義リアリズムのお手本であり、ゴーゴリ論の決定版であり、結論なのであった。もちろん、わがロシア文学界にも、反対者はいたと思う。しかし大勢は、そういう具合であった。わたしは、何としてもこれには反対しなければならないと思った。いま思えば、これもまことに平凡な、常識にすぎない。しかし当時の私にしてみれば、大袈裟でなく、命がけのつもりだった。エルミーロフを認めることは、わたしの考えているゴーゴリが無視されることであり、それはすなわち、わたしの考える文学が無視されることだと思った。つまり、エルミーロフのゴーゴリ論に反対することは、わたし自身の問題だった。ゴーゴリの笑いについて考えることは、大袈裟でなく、わたし自身の生き方の問題だったのである。『笑いの方法』
孤独な闘いはここから始まる。後藤が更に革命的だったのは、「読み」「書く」という原理をしきりに強調したことである。

だから、後藤の「なぜ小説を書きたいのだろうか。それは小説を読んだからだ」という言葉は、『切り取れ』の終盤、さらにこのようにも変奏される。
ベケットツェランヘンリー・ミラーやジョイスやヴァージニア・ウルフや……ヴァレリーがいなければ私はここにいません。ニーチェフーコールジャンドルドゥルーズラカンがいてくれてよかった。いてくれなければ、私は一体どうしていいかわからなかった。何を書いたらいいのかわからなかったということではなくてね。何をして生きていたらいいのかもわからなかった。ヴァルター・ベンヤミンが言っています。「夜のなかを歩みとおすときに助けになるものは、橋でも翼でもなくて友の足音だ」と。足音を聞いてしまったわけでしょう。助けてもらってしまったわけでしょう。なら、誰の助けになるかもわからないし、もしかして誰にも聞こえないかもしれない。足音を立てることすら、拒まれてしまうかもしれない。けれど、それでも足音を響かせなくてはならないはずです。響かせようとしなくてはならないはずです。一歩でもいいから。
ここでは、暗闇の中で足音を聞き、それに勇気づけられたなら、自身も足音を「響かせようとしなくてはならない」というところまで踏み込んでいる。ロシア文学の御用評論家に「反対しなければならないと思った」と「命がけのつもり」だった学生時代の後藤も、このような心情を持っていたのではないかと想像する。