立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

「叙述トリック」についてのメモ(7)

叙述トリックについて思うところを最後に書いて一年近くが過ぎた。
http://anatataki.hatenablog.com/entry/2016/04/29/130020
当初はそれなりにやる気があったはずなのに、なぜこんなに間隔が開いたのだろうと考えると、たぶん、今の私は叙述トリックというものにそれほど価値を置いていないからだと思う。
にもかかわらず、「来るべき云々」などとまるで叙述トリックというものに未来を見ているかのようなポジティブなタイトルを付けてしまった。それがツラかったのだろう。

数日前に、ぱずる(a.k.a.秋好亮平)さんという方がこんなふうにつぶやかれていた(勝手に引用してスミマセン)。

 

私は当初(最初のツイート時)、「歴史的視座の忘却」ということがよくわかってなかった。というのは、新本格ブームが始まって以降、「このミステリーがすごい!」などのランキングによる年刊アーカイブス本も続々出てきて、評論の賞も増えて、探偵小説研究会などもできて、インターネットで過去の言説にも比較的気軽にアクセスできて、評論の同人活動を行なう人も少なくなく、あんまり「忘却」という感じはなかったので、そりゃあ昔の「抑圧」を知る人も少なくなって、敵味方に分かれたり論争したりは(そんなに)なく作家の立場というものも液状化していると思うけれども、という感じだったのだけども、自分なりに考え直したところ、しだいにある一つの大きなものが、この三十年近くなんら大きな傷を負うことなく生き延びている気がした。
それが叙述トリックである。

なぜ自分がこれほど叙述トリックというものに愛憎を抱くかというと、19歳の頃に初めて書いた短篇(150枚はあったから中篇かもしれない)の恥の記憶が消えないからである。それはある毒殺事件を扱うように見せかけて、実は愛知万博の時代と大阪万博の時代とを読み手に取り違えさせようというバカ丸出しの稚拙極まりないものだったが、毒殺事件の論証的な部分はほぼミステリの体をなしていないにもかかわらず、なんとなく推理小説を書いたような気になっていた。しかし後から考えれば考えるほど、その頃の自分は間違っていたとしか思えない。2005年に19歳だった私をして推理小説を書いたような気分にさせていたものは、いったいなんだったのだろうか(単に頭が悪かったのか)。それはおそらく、人をして「ネタバレ厳禁」とテクストを密教化に走らせ、ショックによって冷静な判断力を奪い、忘却の中でひそかに生き延びるものなのではないか。

ハッタリめいたことをいうと、私は個人的には、叙述トリックというものには一度死んでもらいたいと思う。死んでもらうというか、自分の中で葬り去るというか、とりあえず納得のいく説明をつけて、大きすぎもせず小さすぎもせず、今後は等身大の単なる一手段のものとしてお付き合いさせていただく感じ。流行児ではなくてそのへんのありふれた平凡な人という感じ。おお、あの人は今。それくらいだったら、今の私もたぶんツラくない。かつてはそれなりに輝いて見えた語りというものがなんの根拠もなく無意味にヒネられ量産された凡庸なドヤ顔をこれからもずっと読んでしまうのは、やっぱりツライ。一度は愛したあの人に大人の階段をそこそこゴーイングしたはずの私はどんな顔を取り繕えばいいのかわからない。卒業式でもらった第二ボタンの処分の仕方がわからない。そのことが苦しい。いったいどうすれば、赤の他人のような元の気楽な関係に戻ることができるのだろう。私がこんなに思い悩んでいるというのに、あなただけそんな何も変わらないような顔をしているのはずるい、もっともっともーっと、傷ついてほしい、云々。……こんなふうに仮想敵に見立ててツッカかってしまうのは結局は私怨というか憑物落としみたいなものだが、同じように感じてくださる方もわずかにはいるんじゃないかとおもう。
そう考え直すと、少しだけモチベーションが湧いてきた。
なので、これまでのタイトルも変えてみました。