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襤褸は着ててもロックンロール

宿野かほる『ルビンの壺が割れた』(書籍版)を読んだ話

宿野かほる『ルビンの壺が割れた』の書籍版が出ていたので、読んでみました。内容についての感想は、キャンペーン版から特に変わらないのですが……。

新潮社は「波」というPR誌を毎月発行していて、そこに今月号(2017年9月号)は、

宿野かほる『ルビンの壺が割れた』刊行記念特集]
村上貴史/刺激に満ちた破格のデビュー作
[公開往復書簡]
宿野かほる×担当編集者/覆面デビュー、なぜですか?

の二篇が、PRとして掲載されています。このうち、「公開往復書簡」の方は、ウェブ上でも読むことができます

しかし……。

私はこのインタビューを読んで、ヘナヘナと腰が砕けてしまいました。というのは、作者自身が、この小説の価値を的確に理解していたからです。

〈遊び半分で書いたのが、この作品です〉
〈原稿を読んだ友人たちは面白がってくれ、「新人賞に応募してみたら」と勧めてくれましたが、わたし自身は、そんなレベルの原稿ではないと思っていました〉
〈ミステリー風ですが、ミステリーではないし、ホラーの要素はあるものの、ホラー小説でもありません。一般的なエンタメ小説の枠からも大きく外れています。それで、応募する新人賞を見つけられなかったのです。そもそも新人賞などという厳しいレースを勝ち抜ける作品とは微塵も思っていませんでした〉

〈「本にしたい」と言っていただいた時も、最初はお断りしました〉

ええっ! この個所を読んだ時、私は驚きました。確か版元のキャンペーンの文章では、次のように書かれていたからです。

 読者のみなさまへ
ここに公開するのは、ある日突然送られてきた、まったく名前の知られていない著者による、刊行前の小説です。

編集部に「ある日突然送」ったのは、「まったく名前の知られていない著者」自身じゃなかったの? 

どうやって御社に原稿が渡ったのか、ということについて細かく言うと、わたしや友人たちのことを詳しくご説明しなければいけなくなってしまうので、それについてはここでは差し控えさせてください。申し訳ありません。

ここを読むと、「友人」の一人からなんとなく編集部に伝わった、くらいに読めてしまう……。まさかそんなところにトリックがあったとは!いやあ、すっかり騙されてしまいました。

ではなぜ、作者はこの小説を刊行しようと思ったのでしょうか。

何度も作品を褒められるうち、「ブタもおだてりゃ木に登る」という言葉がありますように、愚かにもわたしもまたブタのようにその気になってしまいました(Nさんの上手な誉め言葉のせいということにしたいです)。

私はこのインタビューを読んで、小説を読む時の基体、ということを考えました。

ふつう、作者がなんらかの意味で、マジメに書いたと思うからこそ、読者としての私も、マジメに(少なくともつもりとしては)読み、何か意見があったら、それを真摯に述べる、でも、〈遊び半分〉といわれると、どうもマジメに読もうという気分が、乗ってこない。私がマジメにボールを投げても、それを受け止める基体が、存在しない、と思われるからです。

たとえば、ネコがキーボードの上を歩いて、文章ができた。偶然(まぐれ)によるその言葉が、面白かった、と、私が賞賛することは、できます。でも、それがつまらなかったからといって、ネコに、「さっきの文章、いまいちだったよ」ということは、できないのです。つまり、マジメに書かれていない作品というのは、勝手に賞賛を送ることはできても、批判を受け止める基体が、存在しない。

もちろん、実の作者と、バーチャルなモデルとして仮構される作者像は、違う。でも、作品に対する評価は、私と実の作者とで、おおむね一致しているのです。それは、単価1000円の本が、たとえば5万部売れたとして、10%の印税(一説によれば新潮社の場合書き下ろしは12%)で考えれば500万円前後に、〈遊び半分〉が化けるとしたら、たいていの人は、悪い気はしないでしょう。「あえてやってるんだよ」といわれれば、それまで。では私は、どこに向かってボールを投げればいいのだろう。「担当編集N」氏でしょうか。でもそれこそ、輪をかけて、のれんに腕押し、というもの。

こう考えてきて、私は、なんとなく、この作者の方は、それでも、こうしたボールを受け止めようとするだけの感覚を、お持ちなのではないかという、気がするのです。それは、インタビューにおける関係者への気配り、だとか、書籍版で改変されたあの最後の一行(あれは完全に蛇足だと思うのですが、ドライに徹しきれずにイヤミス的完成度を低めてでも勧善懲悪にヌルめて世情を落ち着かせようというところに、どこか人の良さを感じてしまう……)だとかから、わずかに感じ取るのです。もし、そうした感覚をお持ちだとすれば、先に申し上げた、〈遊び半分〉に書かれた作品は、批判も受け止めきれない代わりに、賞賛も本当には、受け止めきれない、ということ、つまり、これだけの賞賛を受け止める基体が、実は自分にはなく、ただ虚しく身体を通り過ぎてゆく、ということにも、いずれ、気づかれるのではないかと思うのです。人気が出たら第二作がどうこうという話は、私にはどうでもいいのですが、もし、作者がこの「虚しさ」を受け止め、はかされた下駄を自ら脱ぐ時がくるならば、その時、〈遊び半分〉だった「宿野かほる」という人格は、真に、小説家としての基体を獲得することになるでしょう。

ところで、キャンペーンが終わったいま、版元が用意していた呼びかけ文は、サイトから消えてしまいました。これは梯子を外された感じで、もし何も知らず、この小説を読んだ読者が、半年後、一年後、この先いたとしたら、いったいどのようにこれらの賞賛の言葉が集まることになったのか、不思議に思われるのではないかと思います。

そこで、その読者の理解の一助のため、魚拓へのリンクを貼り、以下、発売前PR時の文言を、もし、検索でここまでたどりたいた方がいらしたら、という場合を想定して、引用させていただきます。

《担当編集者からお願い》
「すごい小説」刊行します。
キャッチコピーを代わりに書いてください!

読者のみなさまへ
ここに公開するのは、ある日突然送られてきた、まったく名前の知られていない著者による、刊行前の小説です。
ものすごく面白く、そして、ものすごく奇怪な小説でした。
あまりにすごいので、私はいまだ、この作品にふさわしいコピーを書けずにいます。
よろしければ、この小説をお読みいただき、すごいコピーを書いていただけませんか。
(ただし結末は絶対に明かさないでください)
なお、以下からお読みいただける〈キャンペーン版〉は、2017年8月22日に刊行予定の本を2週間限定で事前公開するものです。
よって、まだ修正途中の原稿であり、2週間が経つと消えてしまうものであることをご了承ください。
詳しいキャンペーン案内はこの小説本文の後に付しました。
まずは、この稀有な小説を、ぜひお楽しみください。
そして、みなさまのご応募を、心よりお待ちしております。
担当編集者 拝

〈ご注意〉本作品の全部または一部を、無断で複製(コピー)、転載、改ざん、公衆送信(ホームページなどに掲載することを含む)することを禁じます。

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社内でも驚嘆の声続々

小説にKO(ノックアウト)されるとは、まさにこの作品のことである。
オリエント急行(殺人事件)クラスの衝撃!!
少なくとも年に100冊は小説を読みますが、ここ5年で最も驚かされた作品。

この夏、新潮社が総力を挙げてお届けする、全く新人の匿名作家の小説です。まあ、騙されたと思って、読んでみてください。必ずや、あなたは騙されるでしょう。でも、“振り込め詐欺”とは違って、損をさせないどころか、騙される読書の快感をタップリと味わえること保証します。
冒頭は宮本輝氏の名作『錦繍』を彷彿とさせる大人の男女のやりとりに胸がドキドキ。
そのうちに奇妙にうねりだす読み味に、ページを繰る手が止まらなくなり、最後には、ただただ絶句……。
たとえこれが他社本でも、間違いなくお薦めしますね。絶対に読み逃さないでください。
読んだ人にしかわからない、この衝撃体験を共に語り合いたいです!

なんの予備知識もなくこの物語を読めたのは、本当に幸せだった。この作品に関しては、どんな些細な一言も、何らかの先入観になり兼ねない。迷っているなら、今すぐページを繰るべきだ。決して損はさせないから。
これから、まっさらな状態でこの作品を読めるなんて、本当に羨ましくて仕方ない。

担当編集者に薦められ、ついゲラに目を通したら一気読み! 短い中にこれでもかというぐらい何度も予想を裏切る展開が繰り返され、読了後はしばしボー然。このとてつもない読後感を誰かと共有したく、すぐに席で声を挙げました。「お~い、これ誰読んだ~?」

「話が違う!」という言葉が、いい意味で口をついて出たのは、50年生きてきて初めての体験でした。あらすじはおろかジャンルも、未読の人に絶対に「言ってはいけない本」です。

まさに一気読み!! ページを繰るごとに妖しさを増す書簡の応酬に本を閉じられない!!
大満足の読書体験をお約束します。この作品、売れる予感しかしない!!

圧倒的に読みやすく、それでいて超面白い!!
人の秘密を垣間見ているようなスリリングな読書体験に、読みながらドキドキとワクワクがとまりませんでした。「とにかく読んでみて!」と人に薦めたくなる小説です。

シンプルなプロットなのに、オセロの石がぱたぱたとひっくり返っていくようなどんでん返しの連続に瞠目。さらに……ラストまでいくと、まったく新しい貌が立ち上がってきます。
読み終わった人と、この本について語り合いたい! そんな思いにかられるミステリーでした。

人間はどこまで「化けの皮」をかぶれるのだろう。
身の毛がよだち、悪寒が走る戦慄の仮面(ペルソナ)小説。

男女ふたりのメールの秘密は、ミステリーを800冊以上(たぶん)所蔵している私の、どの書棚にも分類不可能なものでした。秘密が明かされていく過程で、自分史上MAXの興奮を味わいました。

一気に読みました!
「ルビンの壺」の絵を見たときのような「図」と「地」の関係性の変化にドキドキしました。
読後に誰かと語り合いたくなること間違いなしです!

SNS空間で繰り広げられる、男女の世界。
かつての恋人と、SNSでつながってしまうと、こんなことになるのか……
賭博黙示録カイジ』を彷彿とさせるような展開に、「エライもん読んでしまった!」という読後感です。

心臓に悪い小説です。昔の恋愛を回想追憶する手の小説かと思いきや、「?」と「!」が交互に津波のように押し寄せてきて、頭はフル回転で熱くなり、背筋はどんどん冷たくなって終いに全身フリーズ状態。
……読んでください。驚きます。

こういうおもしろさの小説をどうやって読者に届けるか――。出版社の腕を試される1冊になる……と身震いしています。

こんなにも期待を抱かせる小説に巡り合えること。これこそ、小説を売る仕事の醍醐味でしょう! 読み終えた直後から、この本が話題になっていく未来が目に浮かぶ! あーもう、ワクワクが止まりません!

 

 

(追記 2018年2月6日)