立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

il miglior fabbro

「私にまさる妙手」は寿岳文章訳の『神曲』だよ、と昨日教えていただいたので、ついでに調べてみました。

「il miglior fabbro」とはダンテ『神曲』煉獄編第26歌(117行目)の語句だが、これはどういう意味か。作中でダンテが自身よりおよそ一世紀前に活躍したアルナウト・ダニエル (Arnaut Daniel)という詩人へ捧げたもので、つまり先輩へのリスペクトですね。
この語句が『神曲』および『荒地』の各日本語訳でどんなふうな表記になっているか、比べてみましょう。

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ダンテ『神曲』における「il miglior fabbro」

 

生田長江(1882-1936)訳
我にまさりて國語を鍛へし一人なり。
(『世界文学全集1 神曲』新潮社、1929)

山川丙三郎(1876-1947)訳
我よりもよくその國語(くにことば)を鍛へし者なり
(『神曲 中』岩波文庫、1953/青空文庫

寿岳文章(1900-1992)訳
私にまさる妙手
(『神曲 煉獄篇』集英社文庫ヘリテージ、2003)

野上素一(1910-2001)訳
私よりも国の言葉を鍛えたものなのだ
(『筑摩世界文学大系11 ダンテ』筑摩書房、1977)

板谷松樹(1907-1982)訳
彼は彼の母国語をよりよくまとめたのである
(『ダンテの神曲 煉獄篇』日本心霊科学協会、1974)

三浦逸雄(1899-1991?)訳
何人にもひけをとらないひとだ。
(『神曲 煉獄篇』角川ソフィア文庫、2013)

平川祐弘(1931-)訳
この人は母国語を鍛えたという点では僕より巧みな職人だった。
(『神曲 煉獄篇』河出文庫、2009)

原基晶(1967-)訳
母なる話し言葉での最良の詩の作り手だった。
(『神曲 煉獄篇』講談社学術文庫、2014)

 

原文は実際には「fu miglior fabbro del parlar materno」なので、以上のように、母国語云々、と意味が連結した感じになっている。

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エリオット『荒地』における「il miglior fabbro」

 

上田保(1906-1973)訳
すぐれた名手
(『カラー版世界の詩集15 エリオット詩集』角川書店、1977)

西脇順三郎(1894-1982)訳
より巧みな芸術家
(『定本西脇順三郎全集4 』筑摩書房、1994)

吉田健一(1912-1977)訳
より巧みな芸術家
(『エリオット詩集』彌生書房、)

深瀬基寛(1895-1966)訳
わたしにまさる言葉の匠
(『エリオット全集1 詩』中央公論社、1981)

岩崎宗治(1929-)訳
わたしにまさる言葉の匠
(『荒地』岩波文庫、2010)

 

「fabbro」はイタリア語でふつう鍛冶屋という意味らしく、それが「parlar materno」(母国語)と結びつくと「鍛える人」のニュアンスが強くなり、それを切り離した単に「miglior fabbro」だと、bestなartistとかcraftmanのようなニュアンスで訳されているようだ。