立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

ジェルジ・リゲティの『グラン・マカーブル』

ジェルジ・リゲティのオペラ『グラン・マカーブル』は、『黒い仏』を再読する上では欠かせない作品であるが、日本語で読めるものとしてはたぶん以下の資料が詳しいのじゃないかと思う。

全編のテクスト(日英対訳)としては、巻末文献にも挙げられているとおり、ソニーから出ているCDの解説。リゲティ自身の文章も載っている。

 

 

このオペラにはリゲティ自身による改訂、あるいは翻訳や演出によっていくつかの異なるバージョンがある(上述のCDは1997年版)。日本初演は2009年http://www.schottjapan.com/news/2009/090127_150105.htmlリゲティ没後の2011年版は日本語字幕付きのソフトが出ている。

 

 

(このDVDをいま検索したら、個人誌を書いていた時は品切で入手不可だったのに入荷されていたから驚いた……)

作品のアカデミックな分析で最も詳細なのはおそらく次の論文だと思う。

 

ジェルジリゲティ論

ジェルジリゲティ論

 

この中に 『グラン・マカーブル』についての一章があり、成立過程や楽曲分析がくわしく記されている。私は楽曲分析はよくわからないが、たとえばリゲティのインタビュー集から引用しての、成立過程にまつわる次のような分析は面白い。

『グラン・マカーブル』はリゲティ唯一のオペラであるが、実はリゲティがオペラを構想した機会は1963年以来、四度あった(中にはオイディプスに材をとったものもある)。しかし実現したのは最後の『グラン・マカーブル』だけだった。この作品は1972年から構想され77年にいったん完成、初演は78年。以後、何度か手がくわわっている。この作品をリゲティはなぜ「アンチ・アンチ・オペラ」と呼んだのだろうか。

アンチ・オペラとは20世紀初頭までの伝統的なオペラを否定する概念であり、1960年代の音楽演劇の追求したテーマである。リゲティでは《キルヴィリア》と《オイディプス》がアンチ・オペラにあたる。これに対して、アンチ・アンチ・オペラはアンチ・オペラの否定、すなわち前衛の音楽演劇を否定し、しかも伝統的なオペラとも異なる「オペラ」の新しいあり方をめざすものである。それは「ジャンルや形式を懐疑的にとらえたり、それを破壊したりするものではない。むしろそれらを新たな形式で満たすもの」である。作曲者自身はこれに関して「《マカーブル》は《アヴァンチュール》や《ヌーヴェル・アヴァンチュール》よりも伝統的ではあるが、やはり実験的な音楽でもある。同時に古典的なオペラ、とりわけモンテヴェルディモーツァルトとも結びついている」と述べている。また、《マカーブル》と関連して行なわれた次のような前衛の伝統批判に対する批判も注目される。「このような批判的解体は、何ももたらさない流行現象である」。革新はむしろ伝統的な音楽の中にのみ見つけることができると考える彼にとって「伝統と革新は共存する。私自身はつねに革新者であり伝統主義者なのであって、そこには何ら矛盾がない」。

伝統(オペラ)があり、それに対する批判(アンチ・オペラ)がある。そしてそれに対する反批判(アンチ・アンチ・オペラ)は、伝統と結びつきながらそれと似ていない、また批判とも似ていない、そのどちらでもないものになる。

こうした分析は、次のような「結論」に結びつく。

最終的な基盤を失いながら、根拠となるものを別の形で求めようと試みること、それが今日の芸術にもっとも適した姿なのである。このことは、《ル・グラン・マカーブル》のテーマでもあった。(……)「結局われわれは、音楽を作る-聴く(生産-消費)というプロセスの1つの回路のみに支配権を委ねるような仕方で音楽を捉えることはできないであろう。あたりまえのことかもしれないが、生産と消費という2つの回路の双方に接触するように視点をとり、それらの連鎖の中で音楽を捉えていく必要があるのではなかろうか」

このような歴史的な文脈の中で、リゲティはどのような立場にあるのだろうか。作曲家としての彼の信条を探ってみると、いわばこの大文字のモダン、第2のモダン的思想ともいうべき独特の考え方がその根底にあることに気づく。彼と1970年代以降のいわゆるポストモダン音楽との関係を見ると、彼はこの種の音楽に対して批判的な見方をしている。われわれはそれを、前衛音楽やミニマル・ミュージックポストモダン音楽の批判的受容や、またそれらに対する批判的表明である一連の作品で確認してきた。その一方で、《ル・グラン・マカーブル》での引用技法は時代様式としてのポストモダンから影響を受けている。「1960年代であれば、私はこのようなオペラを書くことはできなかったでしょう。これは70年代の作品です」。この意味では、オペラはリゲティの創作とポストモダン音楽の並行関係をはっきりと示すといえる。ただし、それはコスタケヴァのいう「リゲティのメタオペラ構想、あるいは音楽のジグソーパズル。あらゆる世界像と価値が既視感覚をもつような、飽き飽きしたポストモダンの時代を批判的に反映したもの」に終わるのではなく、われわれの確認したように、両義的にもとづく複数の中心と有限な全体を示すものと理解しなければならない。

このような発想の背景には、彼の置かれた特殊な政治的・歴史的環境があると考えられる。彼は、伝統的な西洋の芸術音楽や東欧の民族音楽にもとづく教育は受けたが、ハンガリー社会主義的政策のために西側の前衛芸術にほとんど触れることができなかった。また、亡命後はセリー主義の成立に立ち会えず、いわば遅れてやってきた者として外側から距離を取りながらかかわるといういきさつもあった。さらに、コスモポリタンを標榜するハンガリーからの亡命ユダヤ人であることは、マーラーを彷彿とさせつつ、さらに多核的な実存を実践しているといえなくもない。リゲティはつねに、自己を含めたすべてに対して批判的な態度でのぞみ、意図的に個人主義者あるいはアウトサイダーとしてふるまう。単純な賛同や否定によって特定の立場に立ったり、事象の一端だけを見てそこにかかわったりするのではなく、多面的に考察しながら批判的に問題に取り組みその整理点を取捨選択する。そうすることで、さまざまな問題を統合した解決という、いわば両義的な策を見出してきたといえるだろう。彼が「私はどこにも属さない」というとき、このような立場をさす発言として理解しなければならない。

この姿勢が先に述べた大文字のモダンに通じることは明らかである。どこにも属さないということ、いかなる立場にも立たないということは、両義的な立場に立つということ、すなわち創造的なモダンとしての立場をはからずも表明するということにほかならない。それは、セリーのようにモダンでないのはもちろん、その全面的な否定や反動としてのポストモダンでもない。彼の創作の目的は、その特殊な状況や姿勢から導き出されながら、そうした二者択一を越えたところで要請される芸術を作り出すことではないだろうか。

「私はどこにも属さない」という言葉は、私の中ではどうしても、次のような言葉と結びつく。

イネスはもっと自由です。本格ミステリへの愛情も憎悪も持ち合わせていないがゆえに、本格でもミステリでもない作品を平気で書くことができる。(「reading」2001年12月30日)

この『ジェルジ・リゲティ論』、もし1990年代に出版されていたなら、必ずや『黒い仏』の参考文献に挙げられていたことだろう。

というのは、このようにして書かれた『グラン・マカーブル』はブラック・ユーモア全開のコメディだからだ(以下のような舞台写真を見ていただければ、雰囲気がおわかりになるだろうか)。

f:id:kkkbest:20171223123416j:image

f:id:kkkbest:20171223123420j:image

 f:id:kkkbest:20171223123453j:image

リゲティ自身へのインタビューとしては、短いながら次の本も入手しやすい。

われらが時代のビッグ・アーティスト―高松宮殿下記念世界文化賞受賞者12人へのインタビュー

われらが時代のビッグ・アーティスト―高松宮殿下記念世界文化賞受賞者12人へのインタビュー

 

 


リゲティに関するこうした言及をふまえれば、ごくたまにいわれることのある、〈『黒い仏』は本格ミステリに対する批判である〉という意見は、そのままでは当たらないということがわかる。というのは、それはむしろ、本格ミステリの伝統と結びつきながらそれに似ておらず、かつ、本格ミステリへの批判に対する反批判でもあると読めるからだ。