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襤褸は着ててもロックンロール

探求型小説についてのメモ

はじめに

 以下はmurashitさんの次の記事に触発されて書くものです。  

murashit.hateblo.jp

 そういえば私もこのへんのハナシが好きだったはずだけど、最近読んでなかったな、と思って、じゃあ自分の好みをまとめておこうかな、という気持になったのです。
 タイトルに挙げた「探求型小説」というのは仮につけたものです。この手の作品はけっこう多いので、たぶんもっと適当なネーミングをしている人がすでにいるはずですが、私は以下、この名称のもとにいくつかのジャンルに当てはまる特徴をまとめてみたいと考えています。
 近いことはこれまで、「歴史ミステリ」についてだとか「メタフィクション」についてだとかの中で、書いてきました。今回書くのは、それらの考え方を敷衍したものです。

探求型小説の特徴

 私が「探求型小説」と呼ぶ型の特徴は、次の三つです。

①主人公がある対象(謎、事件、人物など)について調査探究する過程自体が小説になっている

②対象について調査すべき時間的範囲は、過去に属すことが多い
③そしてその対象はふつう、派手な刑事事件などでないことが多い(作中現在で起こる殺人事件の謎を調べるとなるとそれは通常のミステリなので)

 これだけ。murashitさんは「三つの段階」(最初の疑問/自分探し/謎の放棄)を挙げていますが、その三段階すべてを満たすとすると、ジャンルというより小説作法の話になるでしょう(つまり好みの問題)。私が試みるのは、まず「探求型小説」(上記の特徴を持つ作品)という網を大きく作って、そこに引っかかるものを、「三段階」という小説作法=好みにどの程度あてはまるのか、あてはまらないのか、見ていくということになるでしょう。

探求型小説の核心

 いきなり「探求型小説」の核心、というか、「歴史ミステリ」や「メタフィクション」と共有する小説原理について述べます。こここそが、私が最も興味関心を抱いている点であり、まずそれを述べておくことで、見晴らしがよくなるだろうからです。
「俺はANATAだ」でも述べたように、その核心とは境界侵犯です。小説の冒頭では、「主人公」と「対象」とは、独立して存在している(と見做されている)。つまり、安全な距離を保っている。それが、ある場面で、「対象」が領域を破って、「主人公」の領域に侵入してくる。
 三島由紀夫が「小説とは何か」で、柳田國男『遠野物語』第22節の「(亡霊が出現して)裾にて炭取にさわりしに、丸き炭取なればくるくるとまわりたり」という描写をとりあげ、「物語は、このとき第二段階に入る。亡霊の出現の段階では、現実と超現実は併存している。しかし炭取の回転によって、超現実が現実を犯し、幻覚と考える可能性は根絶され、ここに認識世界は逆転して、幽霊のほうが『現実』になってしまったからである。(……)私が『小説』と呼ぶのはこのようなものである」と述べたように、私が「境界侵犯とは何か」の例として挙げるのは、ポー「アッシャー家の崩壊」終盤の場面です。
 激しい烈風の吹きつける夜、語り手の「わたくし」がラーンスロット卿著『狂える会合』という本をアッシャー(兄)に読み聞かせていると、本の内容に合わせたかのうように、鋭い悲鳴や何かの軋る音が部屋の外から聞こえてくる。アッシャー(兄)はそれを聞いて怯え、病気の妹が死んだと思って埋葬したのは間違いだった、妹は本当は生きていた、彼女が甦って棺を開けてやってきているのだ、と喚く。そして兄は、

「気違いめ! 彼女はいまその扉の外に立っているのだぞ」
 彼の言葉の超人間的な力にまるで呪文の力でもひそんでいたかのように――彼の差したその大きい古風な扉の鏡板は、たちまち、その重々しい黒檀の口をゆっくりうしろの方へと開いた。それは吹きこむ疾風の仕業だった、――がそのとき扉のそとにはまさしく、背の高い、屍衣を着た、アッシャー家のマデリン嬢の姿が立っていたのである。(佐々木直次郎訳)

 この場面では、扉が開くまで、蘇生した「妹」の存在は物語内容の次元(つまり、兄のセリフの次元)に留まっている。それが、実際に姿を見せ、兄に襲いかかるとき、蘇生した「妹」は物語内容の次元を破って、物語行為の次元に飛び出してくるような怖さを持つ(話の内から外に出てきて物理的影響力を持つ)。これは境界侵犯の方法をホラーに応用した場合ですが(前にも挙げたようにこれで有名なのはサキの「開いた窓」や鈴木光司の『リング』などがあります)、同様のことは、「探求型小説」についても言えます。つまりこの角度から見た場合の焦点は、このターニングポイントがどこにあるか(あるいは無いのか)ということになってくるでしょう。

探求型小説における境界

 歴史ミステリが「作中現実(主人公のいる次元)の舞台となる時間(過去・現代)」×「対象の舞台となる時間(過去・現代)」×「謎の実在性(架空・実在)」で八パターンに主に分けられたように、「探求型小説」についても、パターンを分かついくつかの境界要素を考えてみましょう。

  •  テクストのジャンル(小説/非小説)
  •  人称(一人称/三人称)
  •  作中現実(主人公のいる次元)の舞台となる時間(過去/現在)
  •  対象の舞台となる時間(過去/現在)
  •  対象の実在性(虚構/実在)
  •  結末における対象の扱い(解決/放棄)

 もっと細かくすることもできると思いますが、今はだいたいこのくらいにしておきましょう。
 先に「境界侵犯」と書きましたが、では何が何に対して侵犯するのか。さしあたり、この「/」で遮られた二つの領域だと思ってください。「過去」が「現在」に、ということもあれば(語り手のアイデンティティへの侵犯)、「虚構」が「現実」に(現実性の侵犯)、「随筆」や「伝記」が「小説」に(ジャンル上の侵犯)、ということなどがあります。

 続いて、「探求型小説」でよく採用される小説ジャンルを見ていきましょう。

考証随筆/私小説歴史小説

 これはまず、主人公が小説家である場合が多い。作者自身を思わせる語り手の一人称で、その最も完成されたパターンとしては、小説を書こうとして調査をする過程そのものが小説になる、というものになります。この方法に早くからわりあい自覚的に日本で書かれたのは、やはり谷崎潤一郎吉野葛(1931)でしょうか。後南朝に関する歴史小説を書こうと思い、取材旅行をするものの、案内人の母恋の話のほうに気をとられ、そちらが着地したところで、「私の計画した歴史小説は、やや材料負けの形でとうとう書けずにしまった」として、終わる。額面通り「失敗作」として読むと、「なんでこんなん読まされなあかんねん」と思うかもしれませんが、考え方を変えて「探求型小説」として読めば、これほど面白いものはない。サブテクストとして、花田清輝の短篇「『吉野葛』注」(1970/『室町小説集』所収)も併せて読むとさらに面白い。谷崎はなんでわざわざ「失敗作」を書いたのか? それは執筆当時、「南北朝正閠問題」がタブーだったからだ……。

 というふうに、このパターンは一見、小説っぽくなくて、「随筆風小説」ともいわれる。読み方の勘所がわからないと、けっこうツライんですよね。でも、ハマるとかなり影響を受けてしまう。江戸川乱歩にもあります。「もくづ塚」(1936)。「今の人はもくづ塚なんて知らないだろうが、私が知ったのは……」という導入から始まって、本をあれこれ引っ張り出してき、ようやく見すぼらしい塚にたどり着くその筆法は、執筆時の意識としては随筆だったかもしれませんが、今の眼で見るともう完全にボルヘス風のそれそのもの(逆か?)。

「探求型」からはやや外れるかもしれませんが、歴史小説取材型の安部公房榎本武揚(1965)、江戸時代の俳人の話題に冒頭割かれる中村真一郎『雲のゆき来』(1966)なども面白い書き方をしています。短篇では井上靖「ある偽作家の生涯」(1951)、松本清張「或る『小倉日記』伝」(1952)、黒井千次たまらん坂(1988)などを含めてもいいでしょう。
 もちろん、後藤明生『挟み撃ち』(1973)も外せない。というかおそらく、現在もっともこのパターンで読まれ(実際には随筆とも私小説とも歴史小説ともいいにくいのですが)、直接的影響を与えた読者を多く持つのは、『挟み撃ち』でしょう(私もその一人です)。ある一日、20年以上前に無くした外套を求めて男がさまよい、結局、発見できずに終わる。後藤はこの手のタイプをいくつか書いていますが、『挟み撃ち』はのちの作風とはどうも受ける感覚の質に差があって、それはやっぱり探求の「対象」が元々、語り手と関係が深いからかもしれません。「針目城」(1979)以降の『吉野大夫』(1981)、首塚の上のアドバルーン(1989)、『しんとく問答』(1995)なんかは、「対象」が歴史的事象なので、もっとハードルが高い感じがする。つまり、『挟み撃ち』のほうがエモい。後藤というとよく小島信夫古井由吉と比べられますが、同じように「(メタ)私小説を書いた」といっても、小島・古井は、あまり探求型ではない。小島も「プロセスがそのまま小説になる」ものを書いてますが、後藤よりも疑問=「?」の牽引力が弱い。流れに身を任せる感じ。そこに後藤と小島の違いがあって、ある場面で小島は後藤について、「ある時期から、ある書き方(インタビュー型)にしてしまった」と、批判的に言及してます。このあたりに、小説作法上の両者の好みを読み取ることができるでしょう。

 丸谷才一「横しぐれ」(1974)は、小説家ではない「私」(国文学の大学助教授)が、自分の父がかつて種田山頭火に逢っていたのではないか、という疑問を探索しているうちに、別の謎にぶつかる話。この、終盤の切り込み方。うまいですね。「探求型小説」の理想といってもいい。のちの「樹影譚」(1987)は随筆風にはじまって途中から短篇小説が始まる。でもやっぱり、ある意味では「探求型」なんですね。
「横しぐれ」について「日本語を、あるいは日本の文芸史そのものをミステリーの題材にする、こんな手法があったのか、と小説というジャンルの奥深さに陶然となったものだ。自分もいつか、と闘志をかきたてた」と評した辻原登も、この手のものをいくつか書いてます。「日本の文芸史そのものをミステリーの題材にする」という意気込みで書かれたのは、おそらく「黒髪」(1996)。実際の殺人事件を題材にして始まりながら、なぜか途中で「黒髪」というモチーフをテーマにした日本文学に関する長い長い講義録が挟まる。何とも異常な読後感。最後に思わず「私は事実だ」と呟きたくなる。小泉八雲の話から始まる片瀬江ノ島(1992)、和歌山の心中事件を扱う「マノンの肉体」(1994)と「谷間」(同)、冒頭と末尾で作者が物語を包み込む「枯葉の中の青い炎」(2004)、一人称作家ものの「夏の帽子」(2011)、「天気」(同)、「いかなる因果にて」(2017)。辻原登で「私」が出てくる小説はみんな好きです。特に『闇の奥』(2010)! 自分が今まで読んできた中で最愛の小説。
「文芸史そのものをミステリーの題材にする」というのはいわば、資料考証型です。そのあたりを北村薫はデビュー時から作中に組み込んできましたが、近作ではフィクションの中にその手法を大々的に取り入れると『中野のお父さん』シリーズ、「私」を出すと『雪月花 謎解き私小説(2020)などとして書き分けているのかもしれませんが、「探求型」として珍しいのは、たぶん徒労感がうすいから。「私」がしっかりしていて、アイデンティティが揺さぶられる、ということはないんですね。どちらかと言うと『盤上の敵』(1999)などの普通のフィクションのほうが主人公は揺さぶられる。

読書日誌/文芸評論

  最初に、境界侵犯というターニングポイントに着目する、と書きました。なぜ着目するかというと、一般的に、作中でそれがもっともドラマティックな効果を持つ部分だからです。それがなくて、普通に調べるだけのテクスト(調査内容と、それを調査し執筆する過程や日常のあれこれやが一緒に盛り込まれたテクスト)もたくさんあります。「〇〇制作日誌」とか「○○読書ノート」「○○を読む」みたいな感じ。たぶんこの分野で最も長大なテクストを書いた小島信夫は、ふつう評論と呼ばれる『私の作家遍歴』(1980〜81)を「小説」と呼び、のちに同様の試みがとられた保坂和志「小説論」三部作(2005〜2008)や坪内祐三『「別れる理由」が気になって』(2005)をも小島は「小説」と呼んだわけですが、それらを「小説」と呼ぶその呼び方には、いわゆる「小説」的な作法に対する批判(私のいうターニングポイントがドラマティックに作り込まれたフィクションに対する批判)も含まれている。だから、わざと着地しない、あるいは、偶然を呼び込むのを待つという「誘い受け」みたいな書き方をする。私自身は上に挙げた小島・保坂・坪内のテクストは好んで読んできましたが、こういう書き方は見方を変えればイージーでもある。つまり、年齢がいって集中力がなくなって、読書ノートだかノンフィクションだかわからないものをズルズルダラダラ書こうと思えば書けてしまう、という部分もなくはない(そして私は実はそういうのも嫌いではない)。草森紳一荷風永代橋(2004)や岡井隆『木下杢太郎を読む日』(2013)なんかにはそういう気配がなくはない。

「探求」をあえてやらないのか、それともできないのか。つまり、「謎とその解決」との距離の取り方、という意味では、のちに述べるアンチミステリとも関わりますが、きちっと考えないでフォロワーが真似しようとすると、ヤケドしがちな書き方です。小島の「小説」という言い方には、おそらく後藤の「小説=超ジャンル」(小説は後発のジャンルゆえに先行ジャンルを自在に取り込むことができる)と共有するものがある(『小説は何処から来たか』1995)。あるいは、古井由吉の「エッセイズム」(『ロベルト・ムージル』『私のエッセイズム』)、赤瀬川原平尾辻克彦の「超私小説」(『超私小説の冒険』)などとも。彼らの作風が従来の私小説と異なって感じられるのはおそらくそのあたりに由来があるのではないか。そしてそれは、小説家だとは見なされていない草森紳一の「雑文」(小説だって雑文だ、という考え方)にも通じると思うのです(『旅ぎらい』1982)。ただ、「小説は何でもあり」だからこそ、最初から「何でもあり」な作風を目指すと、途端につまらないものになってしまう。そこにはあるていど文の芸としての腕だとか、無限定な自由を制約するエンターテインメントの形式が要請されて、のちに触れるポストモダン文学においてミステリがよく採用されたのも、そうした利便性があっただろうと思います。

評伝

 随筆や評論に重なるものとして、評伝型があります。その特徴は、対象を調べる目的が、「評伝を書く」と決まっていることです。ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』(1941)が代表的ですが、ナボコフはその前に、芸術家小説(実在の作家の伝記を書こうとする芸術家の小説)の『賜物』(1937)も書いてますが、「探求」性はやっぱり、『セバスチャン・ナイト』の方が高いでしょう。
 もちろん伝記小説、芸術家小説、何かを書こうとして書けない(あるいは最終的に書くことに辿り着いてループをなす)小説は、それまでにも色々あった。海外ならリルケ『マルテの手記』(1910)、ジョイス『若き芸術家の肖像』(1916)、ジッド『贋金つかい』(1925)、プルースト失われた時を求めて』(1913-1927)……日本なら岩野泡鳴「耽溺」(1909)、菊池寛「無名作家の日記」(1918)……でも『セバスチャン・ナイト』は、何かが明確に違う。いわゆる「ポストモダン文学」っぽい(ナントカの不可能性、みたいな)感じがする。

ポストモダン文学」は後回しにして、評伝型について続けると。「歴史ミステリ」についてでも述べたように、ミステリと評伝形式とは、もともと深い関係があった。そもそも、この2000年間くらいの物語形式を考えると、何の説明もなしに「小説=フィクション」とスッと受け入れられる作者―読者関係のほうが新しい。ジャンルとそれを伝えるメディアの発達とは深い関係がある。むしろ、作者の側が「これは本当にあった話なんです」と言わないと読者に関心をもってもらえない時代さえあったのだし、そうした物語内容/物語行為、作者/読者、の距離操作の感覚は、たとえば『今昔物語』の「今は昔……」といった物語の外と内をつなぐ経路、もしそれが現代作品ならば「いちいちそんなこと言わなくていい、早く本題に入ってくれよ、かったるいなあ……」といった記述に残っていて、指標として感じとることができます。ポー「モルグ街の殺人」(1841)の冒頭。ドイル『緋色の研究』(1887)の第一部から第二部へのブリッジ部分。今なら不必要にさえ見える、こういう部分が、実は、現代的な読者の感性を育むロケットブースター的(やがて捨てられる)役割を担っていた。ウィキペディアSNSもないから作者の素性がわからない、文庫本のあらすじ紹介もネット書店の商品説明もないから内容がわからない、そんな時代には必要とされただろう物語の内と外をつなぐ蝶番、やがてはテクストの周辺として本文の外へ追放される、現代のわれわれにしてみれば時に思わず「これはまるでメタフィクションのような前衛的な書法ではないか」と倒錯的に受け取れてしまいかねない、そうした部分の来歴や限界や可能性を探ってみることも、また何かの参考になるのではないでしょうか。

 19世紀の作家たちは、今より不分明なかたちで、こうした技法を開発していたと見ると、「かったるい」部分にこそ興味が湧いてきます。たとえばネルヴァル『火の娘たち』に入っている新聞連載小説「アンジェリック」(1850)はどうでしょう。まるで後藤明生歴史小説みたいではありませんか。あるいはウンベルト・エーコ殊能将之絶賛の「シルヴィ」(1853)。これはもう幻想小説そのもの。でも、これらは現代小説とは導入や処理の仕方が違う。その違いは何か――現代作家は、たぶん、そういう違いを考えてあの手この手を開発してきたし、そうやって変遷する技法に読者も慣らされてきたと思うんですね。

 時代も技術も飛ばして、評伝型に戻ると。このタイプの書き方として、「対象」に託して自分を隠す、という技法があります。「横しぐれ」がまさにそうですが、あれは小説。たとえば山本夏彦『無想庵物語』(1989)は、武林無想庵という実在の小説家の評伝、と巷間受け取られています。芥川龍之介谷崎潤一郎を凌ぐ学識を持ちながらも、文学史の狭間に埋もれてしまったマイナー作家の評伝。作者はかつて幼い頃、フランスで無想庵と一緒に暮らしていた。だから、評伝を書く資格がある。しかし、本文にはところどころ、作者=山本夏彦自身について見過ごせない記述もある。たとえば作者は、武林無想庵と親しく付き合っていた若い時分、二度、自殺未遂をした、と書いてある。ところが、自殺未遂という作者自身にとって大事件であるはずの記述は、「これは武林無想庵の伝記だから、それを書いている作者の内面には立ち入らない」ということで、深く入り込まないんですね。いわば対象に深くコミットしているからこその「評伝=自伝」関係を逆手にとった「見せ消ち」の技法で、そこに読者は「こんなことを書く作者はいったいどういう人なんだ?」とモンモンとさせられてしまう。コワイくらいニヒルな文体です。

 あるいは、村松友視『鎌倉のおばさん』(1997)。祖父で文学者の村松梢風が放蕩三昧の人物だったことから、作者はチョット複雑な家庭に育った。とうとう亡くなったあの「おばさん」はいったいどういう人物だったのか――そこから自らのアイデンティティに絡まる探求が始まる。これは私小説ですが、「私」と「対象」との距離の取り方という意味では、『無想庵物語』と読み比べると、けっこう面白いんじゃないかな、と思っています。

 ミステリータッチなドキュメンタリーというと、私が知らないだけで沢山あるのだろうなと感じてます。推理作家協会賞の受賞作・候補作にもノンフィクションがたびたび入っていて、私のような感度の鈍いアンテナにも(オッ)と思わせる。あるいは、先の私小説との関係でいうと、その本道はやはり過去探求ということになる。山口瞳『血族』(1979)もかなり推理味が濃厚。最後の二行の余韻よ。その文春文庫版で書評を載せている野坂昭如も、山口瞳以上にミステリふうな過去探求話を書いていますが、それはのちほど。

 そういえば以前、福田和也が『作家の値うち』(2000)で丸谷才一の『横しぐれ』か『樹影譚』をとりあげて、「連城三紀彦が書いたら面白くなっただろう」みたいな評し方をしていて、首を傾げたことがありました。「白蓮の寺」(1979)とか「戻り川心中」(1980)みたいなイメージなのかしらん? 「戻り川心中」も評伝型といえば評伝型だけど、実は連城三紀彦も『横しぐれ』と『樹影譚』をもっとプリミティヴにして細かく切り刻んで並べたような怪作を書いています。日本人男性がとつぜん韓国へ向かう小説と、著者の父親にまつわるエッセイを交互に配置した『悲体』(2004)。「樹影譚」ののちに三浦雅士がマルト・ロベールを経由して『出生の秘密』(2005)で論じたように、その核となるのはまさに「出生の秘密」。ふつうに読むと「なんだこれは……」と困惑するはずですが、「こういうことがやりたかったんだな」という線で眺めてみるとどうでしょう。その出来栄えが福田のいう通りになっているかどうかも含めて……。またポストモダン的なメタフィクションの技法を本格的に取り入れた『ため息の時間』(1991)も、個人的にぜひ一度は読んでいただきたい奇妙な小説。

 最近の日本文学でいえば、ふと手にした絵葉書から架空の詩人を追いかけることになる堀江敏幸『その姿の消し方』(2016)でしょうか。『子午線を求めて』(2000)の表題作にも探求的要素はありましたが、ここではそれが全開になっている。これが面白ければ平出隆の書簡エッセイ葉書でドナルド・エヴァンズに(2001)もいけるかも。

 架空の作家といえば高原英理歌人紫宮透の短くはるかな生涯』(2018)や倉数茂『名もなき王国』(同)では作家自身の人生をたどりながら、その実作として短歌や短篇が作中に挿入されます。

ニュー・ジャーナリズム/ポスト・モダン/メタフィクション

「評伝」についで外せないのが、ニュー・ジャーナリズム。ノーマン・メイラーゲイ・タリーズトム・ウルフ……。「事実の客観性」を大上段から述べるのではなく、「調べ、書く=探求する私」という地べたの視線が出てきた。「対象」だけを一方的に書くのではなく、「対象」と「私」の緊張関係こそが問題になってきた。カポーティのノンフィクション・ノベル『冷血』(1966)も、「私」が作中にほぼいないからこそ、逆に「私」のあり方が問題になってくる。

 このニュー・ジャーナリズムとほぼ同時代に隆盛していたのが、ポスト・モダン文学。また、先述した後藤・古井などの登場・活躍したのは1960~70年代です。このへんから小説が、あるいは小説を成立させる基盤が変質してきた(というのは坪内祐三説の受け売り)。「不可能性」は一方で、幻想性や曖昧さにも通じる。ジョン・ファウルズトマス・ピンチョンヌーヴォー・ロマンビュトール『時間割』(1956)、ロブ=グリエ『去年マリエンバードで』(1961)などなど。
 murasihtさんのいう「三段階」的な感性が作者―読者のあいだにハッキリ確立されてきたのは、たぶんこれ以後では。探求型メタフィクション小説としては、ポール・オースターニューヨーク三部作(1985-86)、エリック・マコーマック『パラダイス・モーテル』(1989)や『ミステリウム』(1993)、スティーブン・ミルハウザーエドウィン・マルハウス』(1990)などが集中しています。クリストファー・プリースト『魔法』(1985)はどうだろう。ローラン・ビネ『HHhH』(2010)もこの流れで捉えられる。

 あまり多くは言及できませんが、横田創『埋葬』(2010)と中村文則『去年の冬、君と別れ』(2013)は、ノンフィクションを書くために獄中の死刑囚にインタビューする、ほぼ同じ構造を持った小説。でも売り上げは全然違う。不思議ですね。

アンチミステリ

 先に「ポスト・モダン文学」と書きましたが、実はその範囲は明確ではない。結局、こういう括り方は、先行世代に対する反抗、くらいの意味合いで、地域的ムーブメントとしてはヌーヴォー・ロマンやラテン・アメリカ文学、などと重なります。パトリシア・ウォーメタフィクション1984)でいうように、形式としてはエンターテインメントを流用したパロディの手法がよく採用される。もちろんミステリもパロディの対象となり、前項で挙げたオースターやマコーマックの作品などは、積極的にミステリのパロディ、すなわち解決の曖昧な、よくいえば幻想的で難解で曖昧なかたちを取っている。ラテン・アメリカの作家では、もっと解決のハッキリしたミステリを書いている作家もいます(ビオイ=カサーレスバルガス・リョサなど)。殺人事件が対象になることが多いので、最初に挙げた「探究型小説の特徴③」=地味な謎、からは外れますが、今回の話の流れ上重要なので、いちおう触れます。

 解決の収まりの悪さ。このあたりの流れは、ステファーノ・ターニ『やぶれさる探偵』1984)で詳細に論じています。俗な言葉遣いをあえてすれば、二度の大戦を経ての近代的合理精神に対する疑いです(などという言い方はかなりツマラナイのですがでも一般的にはそんな感じで受容されてきたような気がします)。ターニの本国イタリアにはすでにカルロ・エミーリオ・ガッダ『メルラーナ街の混沌たる殺人事件』(1946−47)があった。あるいは同時代でいえばウンベルト・エーコフーコーの振り子(1988)。前項で挙げたフランスのヌーヴォー・ロマン、ラテン・アメリカ、SFでもポーランドスタニスワフ・レム『捜査』(1959)、『枯草熱』(1979)、『大失敗』(1989)、イギリスのJ・G・バラード後期の現代もの『殺す』(1988)、『コカイン・ナイト』(1996)、『スーパー・カンヌ』(2000)、『ミレニアム・ピープル』(2003)といった、ジャンル専門作家ではない書き手によって20世紀後半にものされた探偵小説/犯罪小説はそれはそれで一大潮流といってよく枚挙に遑がありませんが、このあたりはもうこの文章をお読みの方はすでにご存知ではないかと思います。

「アンチミステリ」とは元々、中井英夫『虚無への供物』(1964)を評する言葉でしたが、よくいう「日本三大奇書」云々というよりも、こうした流れで見たほうが捉えやすくはないでしょうか。すなわち、中井をむりやり虫太郎・久作に押し込めるより、海外文学との同時性や、その後の竹本健治匣の中の失楽(1978)、山口雅也『奇偶』(2002)などに続くメタフィクショナルな幻想性の流れで掴んでみるわけです。

 この項でとりあげるのが適切かはわかりませんが、稲生平太郎『アムネジア』(2006)は、前作のアクアリウムの夜』(1990)も含め(内容のつながりはないものの)、探求の果てに出会う解けることのない謎がかなり印象深く刻まれています。第三作を書いていただけないかなあ。

裁判記録

 曖昧な結末ということで最も有名なのは芥川龍之介「藪の中」(1922)でしょう。あの構成に影響を与えたんではないかといわれる先行作にロバート・ブラウニングの長篇詩『指輪と本(邦題:指輪と書物)』(1868−69)があります。ブラウニングはある時、古物商の屋台で「古い黄色い本」を手に入れた。それは200年近く前に起こった老伯爵による妻殺し(実際に起こった事件)の裁判記録やパンフレットを一緒に綴じ併せたもので、10名の人物がそれぞれの主観から、事件について思うところを述べる。ナルホド、これがあの「藪の中」のハシリだったのか。そう聞くと興味を惹かれますよね。ところが……。実際に本を開いてみると、これがめちゃくちゃ長い。ゲーテの『ファウスト』が1万2000行のところ、『指輪と本』は2万1000行ですから、だいたい二倍近い。「長篇詩」といってもシェイクスピアのように演劇的な台詞の連なりですが、ミステリ的な興味だけで挑むと挫折します。翻訳は二巻本で出てますが図書館にはあまり置いていない。しかも訳者自身、長すぎると思ったのか、第八章と第九章は抄訳です。つまり完訳でない。読破しようとすると相当ハードルが高いわけですが(私も概略しか知りません)、チェスタトンは評伝『ロバート・ブラウニング』(1910)で、「ブラウニングの作品を一部でも不要だとするのは危険だ」「ブラウニングはつまらないモノを輝かせる達人だった」としています。あのチェスタトンが、ですよ。ウーム……いつか全部読んでみたいな、と思っています(概略は全体像を紹介した黒羽茂子『ブラウニング『指輪と本』を読み解く』2010で掴むことができます)。

 それくらい長いものをあの短さにまとめてしまった芥川は、やはり頭が良かったというべきか。しかし今、『指輪と本』と並んで私の頭に浮かんでいるのは違う一冊。ミシェル・フーコー編『ピエール・リヴィエール』(1974)です。偶然見つけた、150年前に起こった少年による家族殺しの裁判記録。ある医師は少年が狂気だといい、別の医師はいや違うといい、そして少年自身による手記が挟まる。そのあと、過去の記録をめぐってフーコーら現代の学者による論考が連なり、「狂気とは何か」が考察される。

 日本でいうと徳岡孝夫のノンフィクション『横浜・山手の出来事』(1990)が過去の審理を考察するタイプ。明治29年に起こった夫殺しの謎を追って、著者は犯人と目された女性の跡をたずねイギリスへ飛ぶ。こういう、100年くらい昔の事件についての考察というのは、同時代を扱った山本禾太郎のノンフィクション小説『小笛事件』(1932)だとか、あるいは裁判小説というと普通挙げられる高木彬光『破戒裁判』(1961)や大岡昇平『事件』(1977)といったフィクションとも違って、独特の距離感があると思うんですね。

埋もれた謎

 過去の謎を扱うミステリは一般に、クリスティの小説のタイトルから「スリーピング・マーダー(回想の殺人)」と呼ばれますが、でも、事件は必ずしも「殺人」とは限らないんですよね。「埋もれた謎」とでもいったほうが正確か。
「埋もれた謎」に関する作例はたぶん、数え切れないくらいあります。だから、ここでは境界侵犯タイプに絞って考えたい。歴史的スケールを大きくすると、トマス・H・クックロバート・ゴダードが好んで書くタイプになりそうです。
 実は百田尚樹永遠の0(2006)と『影法師』(2010)もそう。インタビュー小説。「強かったアイツが醜態を晒したのはなぜ?」というワイダニットで引っ張るという意味では、二つの小説は完全に同じパターンです。
「埋もれた謎」型のエンターテインメントが私小説型やポストモダン型と違うのは、やっぱり曖昧さが退けられて、ハッキリ書かないといけない、というところ。で、謎が解けると、主人公は成長していたり、「知らなきゃよかった……」とそれまでの自身の存在基盤を揺るがされたりする。

 そうした過去から現在への境界侵犯が最も純粋に現れたタイプとして、山川方夫「夏の葬列」(1962)を読み直してみるとどうでしょう。敗戦から十数年後、青年がかつての疎開先に出張で訪れる。彼はかつてその町で空襲に遭遇した際、仲の良かった一人の少女を見殺しにしたのではないか、という疑問を抱えている。するとそこへ葬列の一行が通りかかり、彼は事情を知るらしい傍らの少年に話しかける。衝撃的なツイストが印象的ですが、よくよく考えてみるとこの話、作中現在において起こっていることは、単に青年が少年と会話しているだけ。会話から勝手に青年がショックを受けているだけ。だから、少年は何も気づかない。

 ここで「だってさ、あの小母さん、なにしろ戦争でね、……」以下の少年の台詞がもたらす効果を、冒頭に掲げたアッシャー兄の台詞+妹の出現がもたらすそれと比較してみてください(平石貴樹『だれもがポオを愛していた』をすでに読んでしまった人は、いったんそれを忘れて、アッシャー(兄)の台詞+妹出現によって語り手も「早すぎた埋葬」に加担してしまったことがほぼ確定する、というふうに読んでください)。もちろん、「アッシャー家」のように女は蘇らない。ただ、台詞のみによって語られる過去の事実が、現在の青年の生の基盤自体を脅かす。たまたま赴いた出張先で、たまたま事情を知る少年に遭遇するわけですから、かなり都合が良いといえば都合が良く、「探求」のコストは低く抑えられていますが、ゆえにこそ、侵犯の威力がもっともシンプルに露わになっている。

 この観点から、「埋もれた謎」を扱う米澤穂信の諸作を読み返してみるとどうでしょう。「夏の葬列」的にいえばボトルネック(2006)が特にそうかもしれませんが、氷菓(2001)や追想五断章』(2009)、あるいはさよなら妖精(2004)なんかも、主役と対象(謎)とが取る時間的・空間的距離のそれぞれの違いを読み比べると、興味深いのではないかな、と考えています。

ホラー

 最初にホラーの話をしたので、いちおう。ホラーこそは境界侵犯の原理がもっとも如実に現れるジャンルで、特に怪談は、「物語内容と読者の次元は地続きである」と思わせなければ話になりません。逆に「侵犯は作中のどこかで必ず起きる」ということが前提になっているからこそ、「侵犯があるのかどうかよくわからない」と多少ヒネったほうが「むしろ怖い」などとその洗練さの手つきを試されることになります。実話怪談ものの場合、作者はコレクター(ないしはハンター)として活動しているわけですから、しぜん作者=(全体の)話者となり、作者名がテクスト上に出てくることもあります。その作者=話者の効果を、これまで述べてきたような、随筆風小説や、ドキュメンタリーにおけるそれと比較してみるとどうでしょう。

 とはいえ、長篇に比べるとやっぱり短篇が多い。疑似ドキュメンタリーホラー長篇で現在もっとも有名なのはおそらく小野不由美残穢(2012)ですが、私は他には三津田信三『忌館 ホラー作家の棲む家』(2001)に始まるシリーズくらいしか読んだことがないので、もしご存知の方がいらっしましたら、お教えください。

改めて、探究型小説について

 かなり駆け足で、多くの作品に触れてきました。中には当初の目的とはかなりかけ離れたような作風に触れている部分もあるかと思いますが、「網を広くとって複数の角度から眺めてみる」というのが今回の主眼なので、自分の関心のコアを示すことができたかな、と思います。

 私が「探究型小説」と述べたのは要するに、登場人物を「探求者」というアクターと見立て、その探求行動が何らかの状態変化(境界侵犯)を引き起こす、という形式を指していました。また物語行為の主体(端的にいえば一人称か三人称か)、物語行為主体による探求行動への介入の度合い(又聞きから直接体験まで)テクスト生成と物語時間との距離(その探求行為についていつの時点から物語られているのか。実況中継か回想か)、などのバリエーション次第で、アクターの探求行動が、読書という探求行動とシンクロすることで読者自身に対し境界侵犯を引き起こす(メタフィクションの基本的な戦略)こともある(だから、それが作中で「この探求は失敗だった」などと宣言されるとまるで自らの読書行為までもが否定されたかのように憤ろしく感じられることがある、しかし……)というふうなことを述べたかったのでした。

 私じしんは元々、いわゆるポストモダン的なミステリを読みすぎて食傷して、何も言い澱んだり解決を放棄したりすることだけが21世紀において誠実というわけでもないのだし、ファウルズ『フランス軍中尉の女』(1982)のように語り手が時空を飛び越えて物語世界へと入り込む、そんな自由闊達さも時には望ましいのではないか、という気持です。

 当初は「宝探し」の説話論的構造という観点から80年代の一連の日本文学をまとめて批判した蓮實重彦『小説から遠く離れて』(1989)との関連(主に違和感)などについても述べてみたかったのですが、力尽きたのでこのへんで。

(その関連でいうと、「探求型」と呼んだのは元々、こうした物語類型のアーキタイプであるはずの聖杯探求伝説など、またそれに親しいハードボイルドなどが念頭にあったのですが、今回の記事では(SFも含めて)ゴッソリ抜けています。一般的なミステリ論やメタフィクション論がしないような把握の仕方をしたいと思ったからですが、そのあたりについても見通しを掴むことができたら、いずれまとめてみたいと思います。)

最後に、オススメの一作

 最後に、おそらくほとんど誰も知らないであろう探究型小説の傑作を一つ、ご紹介します。
 それは、野坂昭如『火系譜』(1976-77)です。
 野坂昭如は、小説を書くために生まれたかと思うほど複雑な家系で生まれ育った。とても一作では書き切れないので、自伝的私小説を何作か書いています。『火系譜』はその一つで、養父に関するもの。野坂は『赫奕たる逆光 私説・三島由紀夫(1987)という探求型小説も書いてますが(謎の人物からの「三島由紀夫の未発表日記が欲しくないか」という電話から始まるのに、日記はとうぜん見つからない)、『火系譜』は輪をかけてすごい。自分のルーツを尋ねるうち、怪しい人物に出会ったり、国粋主義と宗教が合体したような謎の団体に辿り着いてしまう。つまり、「謎」が最終的には日本の国体がどうだとか、そういう話にまで行ってしまう。もちろんそんな、あまりにも大きすぎる謎は小説で扱えるはずがないので、曖昧に終わります。この最後がかっこいい。幻想小説と自伝とハードボイルドを融合したような、すばらしい作品なので、ぜひ読んでいただきたい――と数年前から主張しているのですが、シリーズものの一冊にしか入っていないためでしょう、読んだ人に遭遇したことがありません。この長い長い拙文に最後まで眼を通していただいた方でどなたかが「『火系譜』読んだよ」と一言仰ってくださることがいつかあるなら、私はたぶん、驚くでしょう。つまり、私じしんが探求の果てに、何らかの状態変化を引き起こしたということで。