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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

なんでこんなに。――『追想五断章』

ダ・ヴィンチ』最新号で「今月の絶対はずさない!プラチナ本」に認定されてされていたので、「そういえば読んだんだった」と思い出しました。

寂しい小説だなあ。
いつにもまして、今回は特にそう感じました。全体で240ページ足らずと短く、さらっと読まされてしまいますが、もちろん、本人が「いぶし銀」と語る通り、凝った技には唸らされます。
緊密な構成に意想外の題材。そして、もしこの作品が、長い時間を経たあとも読者の印象に残るのだとしたら、それは主人公をめぐる作者の設定にあるのではないでしょうか。オビにある「米澤穂信が初めて『青春去りし後の人間』を描く最新長篇。」という言葉はやはり、間違っているでしょう。私には主人公の菅生芳光(すごう・よしみつ)が、いまだ青春の途上にあるように思えます。
少しご紹介してみます。
時代はバブル崩壊後の平成四年。菅生青年はもともと大学生だったのですが、実父が亡くなったために経済的事情から休学せざるを得なくなります。それでもなかなか東京を離れられず、武蔵野にある伯父の古本屋でアルバイトをしながら復学の機会をうかがって、もう一年になります。
その伯父は、かつてはなかなかやりての古書店主だったのですが、しばらく前に妻を亡くし、思い出の土地を大金で手放す気になった途端に地価が下落。現在は店番を芳光とアルバイトに任せ、真っ昼間からパチンコ三昧。
暗いですねえ。
話はある日、古書店にやってきた北里可南子という女性が、「自分の父親が書いた小説を探してほしい」と菅生青年に依頼するところから始まります。依頼を引き受けた菅生青年の目的は、小説「一篇につき十万円」、うまくいけば大学に戻れるかも、という金銭目的です。そこへ同じ古書店アルバイト仲間の笙子も加わります。〈「悪いが、このことは伯父さんには言わないでくれるかな」(……)「いいよ。でも、わたしもお小遣いは欲しいから、手伝わせて。山分けとは言わないから」(……)「わかった。でも金が必要なんだ。二割で納得してくれないか」〉。
小説はこの後、捜索→小説入手→作中作→捜索→……という流れで進みます。「創作や創造にはまるで無縁な人だった」可南子の父親・北里参吾=叶黒白の作になる5つのリドルストーリーも面白いのですが、それと同じくらいの重みを持って拮抗するのが、合間に進行する菅生青年の話。特に、父親の一回忌で実家へと帰る第五章「彼自身の断章」では思いが炸裂しています。帰ったはいいものの、母親と二人、他に話すこともなくなったとなれば、「ねえ芳光。あんた、大変だったろう。この一年、本当に大変だったろう」「いや……。別に」(……)「しなくてもいい苦労をさせて。お前の気持ちもわかるし、母さんも応援してあげたいんだよ。でもねえ、家にはもう、お金もないし」「だから、金のことは自分で何とかするって言ってるし、現にいろいろやってるんだ」(……)「帰ってきてほしいんだよ。一人じゃこの家、広いんだよ」。全体的に静かなこの小説の中で一番エモーショナルな部分はやはり、この会話のあと、実家の自分の部屋で菅生青年が夜を過ごす場面でしょう。バブルがはじけ、さらに父親が亡くなって一変した自分の暮らし。〈不況の波にあらがう生活。目下の最大の問題は、帰ってきてほしい母と帰りたくない息子の、腹の探り合い。場面場面は恐ろしく緊迫するが、そこには一片の物語も存しない。(……)いったい、人の生き死にに上下があるのだろうか。一編あたり十万円の金で他人の物語を探す間に、花の季節は移り変わっていく。どうしてこんなことになってしまったのだろう。〉
謎の中核にあるのは、可南子の母親の死をめぐる謎であり、その夫の北里参吾は実は妻を事故にみせかけて殺したのではないか? という、ロス疑惑を思わせるような話なのですが、この第五章で菅生は「物語が存在しない」自身を嘆き、「参吾=ドラマチックな生涯」を羨んでいるようにも見えるのですが、勿論、それだけでは終わらないのがこの作品のスルドイところですね(世間に騒がれる人生が羨ましいかなあ? という疑問はあるのですが)。すっかり人が変わってしまった伯父、アルバイトの笙子、そして亡くなった父親の小説を追う可南子……様々な人物が交差しては別れて行く。その筆致は割とあっけない。
実際、最初にアルバイト仲間の笙子と組み、バディものかと思われた小説の中盤、笙子はあっさりと相棒役を降り、退場してしまう。「あのさ、いきなりで悪いんだけど、わたし降りるわ」。ええっ、と驚く間もなく笙子はたたみかけ、「それに、ここ辞めるし。卒論はだいたいまとまったけど、就職活動、うまくいかないんだ」。
なんて酷え女だ! と読みながら、憤慨しそうになったのですが、こういった展開も米澤の手にかかるとリアルで、つい頷いてしまう。大体、休学したとはいえ、菅生青年はなかなかの優秀な探偵で、「そういうことなら、話すことはありません。お引き取りいただいた方が良さそうです」と激昂する取材相手にも臆することなく対峙し、結果を取る。私のようなボンクラは何としても見習いたいところで、「電話応対の腕はプロ並み」と誇る作者の面目躍如ではないでしょうか。行き届いた気配り、張りつめた注意……大人の理性による統御が、全体を覆う印象のこの作品は、だからこそ先のような感情の噴出が記憶に焼きつくのですが、終盤、一つのカタルシスを迎えたあと、幕を閉じます。
寂しい小説だなあ。
叶黒白の遺したリドルストーリーを読むとそう思いますが、『追想五断章』を読んだ読者も、そう思います。
後のなさ、先のなさ。ラストシーンの美しさ、……。どうしてこんな話を書いたんだろう? わからない。理解出来ない。読み終えたあとは複雑なものが残って、なかなか感想を書くことができませんでした。
小説を読むことは寂しい。書くことはもっと寂しいだろう。妻の死後、松本に「逼塞」した北里参吾がリドルストーリーを書き綴りながら見たであろう景色と、菅生青年の見る景色を思い浮かべると、時間を超えて交差した両者の近しい寂しさが、胸に宿ってしまいました。