立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

小島信夫の『ラヴ・レター』、蓮實重彦のフローベール

 年末も迫ってきたためかいろいろ慌ただしく、更新の間隔が開き出しているが、ちょっとだけ。
 夏葉社から小島信夫の短篇集『ラヴ・レター』が来月刊行されるという。
 水声社の『小島信夫批評集成』最終巻に、詳細な年譜が収録されており、以前そこで晩年の短篇が未刊行のままだということを知った。いくつか読んだ。解説の堀江敏幸氏も、その中に登場する。
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 水声社といえば、リシャール『フローベールにおけるフォルムの創造』が来週、刊行されるようだ。
 で、フローベールといえば……で思い出したのが、蓮實重彦の例の大作の話である。だいぶ以前から予告されてきたこのフローベール論をめぐっては近年、何度か具体的に触れられている。『随想』(新潮社、2010年)では〈実際、わたくしが『「ボヴァリー夫人」論』の「仕上げ作業」にかかりきっていたちょうどその頃、ソクーロフもまた二十年前に撮られた『ボヴァリー夫人』の新ヴァージョンの「仕上げ作業」に没頭していたのである〉、「群像」2012年9月号の講演録「フローベールの『ボヴァリー夫人』――フィクションのテキスト的現実について」(@日本フランス語フランス文学会五〇年記念大会、2012年6月2日)ではさらに詳細に、〈四百字詰め原稿用紙に換算してほぼ千八百枚ほどの原稿はすでに数ヵ月前に編集者の手に渡っております。再読されたのち、さらにいくらかの加筆訂正がほどこされてから印刷所に送られるのはおそらくこの晩秋、刊行は早くて来年の晩春、遅ければ麦秋のころかと思っております。(……)これまでいくつもの雑誌に連載されたり、あるいは大学の紀要への定期的な掲載などとして部分的に発表していた『「ボヴァリー夫人」論』を、そこでの記述を間接的には反映しつつも、まったく新たな構想のもとに、最初の一行から最後の一行まで、改めてその全文を書き下ろすという息の長い執筆形態(……)〉。
麦秋」もすでに過ぎた。この『「ボヴァリー夫人」論』をめぐる期待はどのようなものだろうか。近年読んだ、直接間接に触れられているあれこれの記憶をざっと記してみる。
 昨年、上記の講演録のすぐ後に、「三田文学」2012年秋号で「昭和文学ベストテン 評論篇」という座談会(出席者:辻原登井口時男富岡幸一郎田中和生)を読んだ。戦後から昭和末の代表的な日本の文学批評を10作選ぶという企画で(小説篇はすでに2007年に企画)、そこではこう発言されている。

井口 ただ、僕は批評の方法という点でいうと、蓮實重彦は捨てがたいですね。先ほど辻原さんがおっしゃった、小説家は作品を何かの寓意として読んでもらうことなんか考えていないんだというその意味でいえば、蓮實さんは、小説を、時代や社会の反映だとか、何かの寓意としてはとらえない読み方を提示した。その後の批評のあり方に相当影響を与えたと思う。
田中 僕は、蓮實さんを入れるなら、これは八九年だと思うんですけれども、『小説から遠く離れて』かなと思うんです。
井口 昭和じゃなくなるね。昭和は八九年のしょっぱな、数日で終わっちゃう。
(……)
辻原 彼は今やっとフローベール論をはじめたでしょう。一九八〇、九〇年代にやってほしかった。
富岡 そうですね。映画批評を随分お書きになっていますね。
辻原 映画批評は面白いですね。
(……)
富岡 蓮實重彦はこれからフローベール論が出るから。でも、平成じゃだめだ。
辻原 平成のベストテン(笑)。

 そんなわけで結局、この座談会の10作のうちには作品は選ばれていない。
 映画批評か文芸批評か。辻原登はこの後、上述の講演録を昨年の毎日新聞の読書欄年末アンケート「この三冊」に選んでいる(しかし一言も触れていない!)が、私は座談会のこのくだりを読んだ時、「文學界」に以前、ジョン・フォード論が掲載された時の佐藤亜紀評を思いだした。〈小説の話をする蓮實は最低である。学生の頃、この人のフローベール論を読んで、本当に、本を壁に叩き付けた。現代思想華やかなりし当時はほぼ神状態だった蓮實先生だが、こんな当り前のことを言うために本一冊掛けるかお前は、というのが正直なところだった。冗談で書いてないか?〉(2005年2月20日)。私はこの昔のフローベール論は未読なんだけど、金井美恵子は講演録『小説論』(岩波書店、1987年)でこう述べる。〈これはまだ単行本になっていないのですが、このうえなく繊細な読みの手つきに思わず読者が見とれてしまうような『ボヴァリー夫人』論、これはテマティックな批評の最も美しい精華と、呼びたくなるものです〉。佐藤氏と金井氏の評価は真逆である(ちなみに、小説『オペラ・オペラシオネル』をめぐっては反対に、佐藤氏〈いやその文章がね、どうやってあんな風になるのかね、十二時間気流の悪いフライトやって降りた後みたいに、読んでるとふらぁりふらぁりと揺れるのだ。つまり問題はあの、ふらぁりふらぁりにある訳で、しかもこれが猛烈に気持ちいい。是非もういっぺんと言わず、二度でも三度でも書いて欲しい。読むから〉上記のblog記事。金井氏〈まあ、ほめようとすると苦労する出来です(笑)〉『小説論』朝日文庫版収録の城殿智行対談。とあるのも興味ふかい)。
 先の「講演録」は本編たに対する予告編のような内容だった。今年の春には、「文學界」2013年4月号にも講演録「「かのように」のフィクション概念に関する批判的な考察――『ボヴァリー夫人』を例として」(@立教大学池袋キャンパス、2012年12月15日)も発表され、長いジャブだなあと思っていたのだが、その後、音沙汰がない。
“予告編”ということでは、最近読んだ大杉重男インタビューでは大杉氏が次のように述べていたのが印象ふかい。〈東大総長以後のものは普通の意味で凡庸化しています。『魅せられて』(河出書房新社、2005年)所収の『吉野葛』論(「厄介な因縁について 『吉野葛』試論」は長く期待していた分つまらなくてがっかりしました。(……)蓮實さんは将来に期待を持たせる予告篇的な批評を書くのがうまかったですね。煽り上手と言うか。たとえば『暗夜行路』は凄いテクストだと言っていましたが、その大小説だる所以をしめしたかといえば、言いっぱなしでフォローはしない。たぶん、柄谷さんと付き合い始めて、漱石一点張りの主張にあわせるために、蓮實さんの私小説に関する考えを引っ込めていったのかもしれません。文学より映画が好きだということで映画批評のほうに力を注いでいったんじゃないかと思います〉。
「群像」の講演録では実は、引用した部分の後でこうも述べられている。〈本来であれば、この『「ボヴァリー夫人」論』は、いまから十年ほど前に脱稿されていたはずのものであります。ところが、講演者自身の老後の生活設計の無残な計算ミスによって、あるいは、その意志を遥かに超えた過酷な宿命に弄ばれてというべきか、一九九三年から二〇〇一年までの約八年間、私はどことも知れぬ不気味な無法地帯に拉致され、幽閉されておりました。(……)その八年間は、フローベールと向かい合うことはおろか、行政文書以外の文字を書くこともままならぬ日々ではあったのですが、とうてい取りかえしはつくまいと思われたその大幅な遅れが、かえって有利に働いたという側面もないではありません〉。
 2001年以後に初めて刊行された長篇批評は『「赤」の誘惑 フィクション論序説』(新潮社、2007年)だった。この本が刊行された時、稲葉振一郎が〈久しぶりの蓮實節なんですがあんまりこういうのがうれしくなくなった自分がいるわけです〉と書いていたのも印象に残っている。「一九八〇、九〇年代にやってほしかった」(辻原氏)批評が、そこから遅れて「いまから十年ほど前に脱稿されていたはずのもの」(蓮實氏)となり、さらに遅れて、「あんまりこういうのがうれしくなくなった」(稲葉氏)状態、そういう季節――しかしこの「遅れ」は案外に、何か重いものかもしれない。
 金井美恵子の何かのエッセイだったと思うが、昔、「蓮實重彦はいつ映画を撮るのか?」といわれていたことがあった……らしい。ナンセンスな問いだが、実際に小説は書かれた。……今回の記事をこんなに書くつもりはなかったのだが、引用しているうちに長くなってしまった。まあその“本篇”は、誰もが忘れた頃にでも、形になるのだろうか。