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『日本探偵小説全集リミックス(ストレンジ・フィクションズ第二号)』クイズの正解

 承前

 予告通り、ストレンジ・フィクションズ第二号『日本探偵小説全集リミックス』リリースに際し私が個人的に実施したクイズの正解を発表します。

 番号と作品の結びつきは以下のとおりです。

【ナンバー = 収録作品】

 No.1 = 九鬼ひとみ「発狂する壁」

 No.2 = 千葉集「風博士vs.フェラーリ

 No.3 = 紙月真魚「その魔都の今は」

 No.4 = 孔田多紀「『田端心中』の謎」

 No.5 = 犬飼ねこそぎ「雀魂殺人事件」

 No.6 = 織戸久貴「リゾーム街の落とし子たち」

 *

 以下、推測の根拠となる要素、および参考にした画像と手順です。

No.1 = 九鬼ひとみ「発狂する壁」

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タッパー(〈「色々と作り過ぎたんで食べてくれませんか」亜沙子は腕の中にタッパーを何個か抱えていた。(……)箸を動かしていると、小松菜の間からシメジとは違う黒い物体が顔をのぞかせた。蠅の死体だった。〉)

隣人・亜沙子(〈「あの女と親しげに話していたようだったけれど信用しない方がいいよ。あんたの下の部屋に住んでいた男もあの女と親しくなった後に様子がおかしくなったんだよ」……〉)

【概説】九鬼さんは作為を察知させない不安感バリバリの文章が毎回すばらしくて、今作もハナシとしては別にどうということはないんですが、それをこんなふうに書けるのがすごい。で、一番印象に残ったのが「隣人女性からおすそ分けされたらタッパーの料理に虫が入っていた」という場面なので、それを描きたい。タッパーは別にジップロック型とは作中に記述はないものの「半透明の物体は恐い」という黒沢清メソッドに基づいてみました。あと隣人のビジュアルは元々オマージュ元の角田喜久雄のカバー風にしようと思っていたところ、描いている時にtwitterで「今やってる『ワンルーム』というアニメが面白い」と呟いている人がいたので、なんとなくカントク要素(後述)を入れてみようと思ったら気づいたら言い逃れができないくらい寄せてしまっていました。申し訳ありません(もっとアレンジメントすべきでした……)。

No.2 = 千葉集「風博士vs.フェラーリ

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ヘンリー・フォード

エンツォ・フェラーリ

源義経

静御前

坂口安吾「風博士」より「十七歳の花嫁」

チンギス・ハン

初代フォードT型

サビノ・アラナ

蛸博士

坂口安吾

初代フォード125S

バスク地方

【概説】未収録短篇です。良い出来だと思ったので「収録しましょう!」と本人にいったら「ボツです」と意志は固かったので、せめて雰囲気だけでも世間にお伝えしようと思ってビジュアル化したら、要素を入れすぎてこれだけで一ヶ月くらいかかって描いてしまいました。どうせ誰も本文は読めないでしょうから以下気にせずネタバレします。本編は坂口安吾「風博士」と映画『フォード vs.フェラーリ』をマッシュアップしたもので、その基本アイデアは「風博士は失踪ののち晩年のヘンリー・フォードと入れ替わり、一方、蛸博士と風博士の元妻の間に誕生した息子がエンツォ・フェラーリとなった」というものです(これだけだとどういう話かわからないと思いますが、でも実際にこういう話なのです)。なので『フォード vs.フェラーリ』のポスターの構図を元にしましたが、もちろん最初期の自動車とスポーツカーが競走できるわけはありませんから、あくまでもファンタジーですが……。あと成吉思汗といえば高木彬光ですから、フォードに乗った高木彬光フェラーリに乗った坂口安吾が競走してたら面白いな、と思いましたが、高木彬光は時間切れで描けませんでした。

No.3 = 紙月真魚「その魔都の今は」

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伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』

鶴の噴水(日比谷公園)

東京タワー

④ヴァーチャル・ライヴァー

スマホでユーチューブを見る眦警部

⑥次郎亜子(「すらっと鼻筋の通る美人であるはずだが、画像合成ツールで痛恨のミスを犯したかのような、忘れようもないほど異様に長い顎が、……」)

【概説】全体の構図は最初『魔都』つながりで矢作俊彦『魔都に天使のハンマーを』にしようと思ったらあまり要素を入れ込みにくい構図だったので、同じく矢作著『フィルム・ノワール/黒色影片』を借りました(すると本当は画面下半分の背景も街の様子を描き込まないといけないはずですが気力不足で描けませんでした)。作者本人には確認してませんが冒頭に『オーデュボンの祈り』を思わせる記述があったので、日比谷公園の鶴がカカシみたいな恰好をしていたら面白いかな、と思って、そういうイメージにしてみました。あとラストにVtuber的な人が出てくるんですがその方面を全然知らないのでなんとなく結月ゆかり風にしました。

No.4 = 孔田多紀「『田端心中』の謎」

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連城三紀彦『戻り川心中』

芥川龍之介

小栗虫太郎『黒死館殺人事件』

【概説】自分の短編なのであまり説明したくないのですが、これは自分が作者でなかったらアウトであろうギリギリの挿絵だと思います(読んでいただければすぐわかります)。せっかくの機会なのでそういう普通だったら絶対できないことをやってみたいなと思ってやってみました。あと「半世紀以上前の単行本所収の一編をアンソロジーに入れるか入れないか」という話なので「メチャクチャ日焼けして褪色した挿絵」風にしたいなと思って、その狙いはある程度成功したかもしれません。

No.5 = 犬飼ねこそぎ「雀魂殺人事件」

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YMO『SOLID STATE SURVIVOR』

帆村荘六

一姫

二階堂美樹

雀魂のスタート画面

【概説】麻雀の素養がないので、「麻雀といえばYMO」という安直な発想で、雀魂meets YMOをテーマにしました。実は最初に「こういう挿絵を描いてみたいナア」と思ったのはこの「雀魂 meets YMO」が浮かんだ時で、でも他人の挿絵を一枚だけ描くというのもヘンなので、仕方ないからもう六枚分かいちゃうか、と考えたのがこのクイズ企画の発端でした。

No.6 = 織戸久貴「リゾーム街の落とし子たち」

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ツクヨミ(リンク先R-18注意)

京都タワー

ジョージ・アレック・エフィンジャー『重力が衰える時』

We Lost The Sea"Triumph & Disaster"

We Lost The Sea"Departure Songs"

We Lost The Sea"The Quietest Place On Earth"

We Lost The Sea"A Beautiful Collapse"

【概説】最後に並べてみましたが、描いた順ではこれが最初に完成させたものです。織戸久貴さんといえばミステリとSFの両刀遣いで執筆される方でもありますがななめのさんという絵師でもあります(私はこれまで「絵師」という言い方はあまり好きじゃなかったんですが「イラストレーター」というと語弊がありそうなのでその点「絵師」という言い方は確かにすごく便利だなと思って使ってみました)。そしてななめのさんといえばその最もフェイバリットなイラストレーターは(私が知る限り)カントクです。なのでカントク要素を入れたいと思いながら、人様のフェイバリットをガサツにマネしてしまうと宗教戦争に発展してしまいかねない危険性があります。しかし私自身かなり悪ノリしがちな性格でもあるので、気づかれることなくカントク要素を入れ込むことでこの同人誌の主宰者の一人であるななめのさんをビジュアル面で騙したい、欺きたい、呆れさせたい、とも思いました。そこで考えたのが、カントク原画のゲーム(織戸小説「リゾーム街~」と同じく近未来が舞台)のキャラクターを輪郭だけ借りて「リゾーム街~」の参照元の一つである『重力の衰える時』のポーズをとってもらう、という案でした(この接合がうまくいっていなくて全体としてなんだかよくわかりにくいビジュアルになってしまった憾みがあります)。あと下半分はななめのさんの絵師としての主宰サークル名が「あたらしい海」なので「海」つながりでオーストラリアのバンドWe Lost The Seaのアートワークを参考にしました(正直なところこのWe Lost The Seaのアートワークを担当しているMatt Harveyの作品がすばらしくて、こういう絵が自分でも描けたらいいな、と思って、練習してみたのです)。

 以上です。

 このクイズを出題する直前の2021年2月7日に、アメリカの文学研究者ジョセフ・ヒリス・ミラーが亡くなりました。

 私は以前「蘇部健一は何を隠しているのか?」という蘇部健一論を書いたときに、「蘇部健一の小説はなんであんなに挿絵が多いんだろうか?」とフト疑問を抱き、そこからヒリス・ミラーの『イラストレーション』を読んで、「小説のナラティヴにとって挿絵とはなんなのか?」という謎にとりつかれ(この関心はいま準備している叙述トリック論にも続いています)、それが昂じて画力ゼロ状態からペイントソフトを使い始めました。ヒリス・ミラーがいなければこういうクイズを出題することもなかったでしょう。R.I.P.

 *

 一年遅れでようやくリリースできたストレンジ・フィクションズですが、すでに次の号(臨時増刊号)がスタートしているそうです。そしてそこでは豪華ゲスト陣の他、ななめのさんのイラストレーションも存分に発揮されるそうです。御期待ください。