立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

あけましておめでとうございます

今年は去年の5倍くらい汗して頑張りたいと思います。

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新年一冊目は『ダブル・ジョーカー』。前作『ジョーカー・ゲーム』を読んだ後、このシリーズは柳氏が作家生命を賭けて書いたと聞いて俄然興味が湧いたものの、去年のうちに読めなかったものだ。全5編の短篇集、うち最後の1編は書き下ろし。この短篇が次作への鍵となる(のだろう)。〈いよいよクライマックスへ〉とあるから、三部作で終了――といった予定なのだろうか。

見えない敵は慢心や恐怖を呼ぶ。スパイ養成学校の設立から生徒たちの教育、活躍、卒業まで、D機関の内側が覗けた前作に比して、主に対立する敵、外部の視点から見た本作のD機関は、幽霊のように神出鬼没。見えない場所で暗躍する彼らは時に読み手を翻弄する作者とも重なり、読者は策略の影に恐る恐る読み進めながら、あっという間に術中にはまる……〈まだ出てこないか、まだ出てこないか〉と不意打ちの予感に不安を煽り立てられるさまは、まるでホラーのよう。「ダブル・ジョーカー」に登場するライバル集団〈風機関〉のナメきった感じは、ジェイソンでいえば真っ先に殺されるアホな若者、みたいな。同じドンデン返しでも連城三紀彦のからみつくような文体とは打って変わって、カラッと軽快にかっとばしていく言葉と展開も魅力。
唯一スパイ員の視点で書かれた最終話「ブラック・バード」に出てくる、〈(自分一人でアメリカの)東も西も、まとめて面倒見ましょうか〉という冗談混じりのひと言。スケールが大きい。登場するD機関のスパイたちは、もうほとんど完全に常人を超えている。だからこそ最後、もはや止めることのできない時代の流れと、彼らも予期しえなかった、偶然の事故が招いた事態が露わとなると、次作が気になって仕方なくなる。この隠れた超人たちが、あの戦中戦後をいかに過ごしたのか?
シリーズの展開は一気に広がりを見せる。第3作はまだか。

ダブル・ジョーカー

ダブル・ジョーカー

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ところで、『ジョーカー・ゲーム』が角川のサイトとアマゾンで品切れになっているのは、なんでか。(bk1では入手可)