立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

宿野かほる『ルビンの壺が割れた』(キャンペーン版)を読んだ話

ひと様の思惑に乗せられるのはなんだかシャクではございますが……一応記録としてここにも書いておきます。

7月14日(金)に突如こういうキャンペーンが始まりました。

www.shinchosha.co.jp

「キャッチコピーが書けない」、などというカマトトを信じるピュアーで素直でヨゴレを知らない豊かな感性をお持ちの方はこのご時世、もちろんいらっしゃらないとは思うのですが、たとえばこの本の書籍情報が登録されたのは、7月12日のようです。

ルビンの壺が割れた/宿野 かほる 本・コミック : オンライン書店e-hon

一般読者は誰も知らなかったこの時点で既に本の内容紹介に「話題沸騰」と書けるところに、プロモーションへの自信が存分に現れていますね。

全文掲載の特設サイトのほかKindle、Digital e-honBOOK☆WALKER、 BookLive!、ブックパス、Reader Storeへの電子書籍配信を手配し、社内コメントをまとめるなどの、編集・営業チーム一体となった労力(それはもう単にコピーを書く何倍もの作業です)に、力の入れようを感じます。連休前というのもすばらしい。私は知った当初、(変わった試みだなあ)くらいにしか思っていなかったのですが、本文を読んで、考えれば考えるほど、本当に練られたプロモーションだなあ、と非常に勉強させていただきました。

ところで、特設サイトの宣伝文の中で、この小説について「言われていること」は、いくつかあります。

・著者が無名の覆面作家

・原稿がとつぜん送られてきた

・内容が「すごい」ので「ふさわしいコピー」が書けない

(以上、《担当編集者からのお願い》)

・騙される、驚かされる、衝撃体験

・読みやすく、面白い

・人に薦めたくなる

(以上、「社内でも驚嘆の声続々」)

さて、この小説テクストを読んだ後、読者の頭には――とりわけ、ミステリ小説を読みつけた人間であればあるほど――別種の謎が浮かんできます。

それは、「この、アイデアとしても取り立てて目新しくない、また、技巧的に優れているわけでもない、〈新人〉の小説、〈担当編集者〉と〈社内〉の言葉によれば、〈ものすごく面白く、そして、ものすごく奇怪な小説〉すなわち、〈ここ5年で最も驚かされた作品〉であり、〈“振り込め詐欺”とは違って、損をさせない〉し、〈他社本でも、間違いなくお薦め〉で〈この衝撃体験を共に語り合いたい〉ほどの気持ちにさせてくれ、〈なんの予備知識もなくこの物語を読めたのは、本当に幸せ〉だし、〈「話が違う!」という言葉が、いい意味で口をついて出たのは、50年生きてきて初めての体験〉と半世紀にわたるこれまでの全人生をつい振り返ってしまう、〈売れる予感しかしない!!〉〈自分史上MAXの興奮〉のまま〈一気に読み〉、〈小説を売る仕事の醍醐味〉まで味わわせてくれる、そんな〈「エライもん読んでしまった!」という読後感〉の〈心臓に悪い〉〈出版社の腕を試〉す小説を、〈よろしければ、この小説をお読みいただき、すごいコピーを書いていただけませんか〉と、不特定多数の見ず知らずの方よりお知恵を拝借して、〈この夏、新潮社が総力を挙げてお届けする〉にまで至ったのか?」という、謎です。

この謎には、二つの要素があります。すなわち、

・なぜ、新人の小説が刊行されることになったのか?

・なぜ、〈この夏、総力を挙げてお届けする〉ことになったのか?

そうした「小説の外」に謎を発見した読者は、その唯一の手がかり、すなわち、〈総力を挙げてお届けする〉特設サイトの文章を、じっくりと読んでしまいます。

すると、こうした覆面作家の常として、

「作者は小説家であるか否か」

「作者は他分野において著名であるか否か」

という二つを軸に、とりいそぎ四つの線が浮かびます。

 

1 作者は本当に無名かつ小説を刊行したことのない新人で、編集者は持ち込み原稿を読み、本当に感動した。

2 作者はあまり著名ではないが、小説家である。

3 作者は小説を刊行したことはないが、著名人である。

4 作者は小説家で、あえて変名を使った。

 

この後、「作者はミステリ作家であるか否か」といったより細かい軸もありますが、とりあえず大まかに四つの線で考えます。

1は、そのままではなかなか考えにくい。というのは、「小説新潮」や「新潮」の巻末には常に、投稿原稿はすべて新人賞への応募として扱うとあるように、投稿原稿というのはほとんど読まれない。少なくとも「◯◯編集部御中」で送ってもまず読まれないでしょう。紹介なり顔見知りなりといったルートで、編集者にダイレクトに届かないと読まれない。そして実際にそうだった場合は、そういうルートが〈ある日突然送られてきた〉という文言でスルーされていることになります。するとここで先の第二の謎に突き当たります。「なぜ、〈この夏、総力を挙げてお届けする〉ことになったのか?」という謎です。こうした手法は焼畑農法みたいなもので、自身のブランド力を糧にするわけですから、そう何度も何度も使えるものではありません。内容に伴わない形容を乱発してしまうと、「あなた方は自社の文学的遺産をどのように考えているのか?」と客側から疑念を呈されるリスクがあるためです。思えば、竹内雄紀『悠木まどかは神かもしれない』(2013年、新潮文庫)の売り方はもうちょっとマイルドだった。あるいは、まだプレ段階だった。

2も「なぜ、〈この夏、総力を挙げてお届けする〉ことになったのか?」を考えると、ちょっとよくわからない。他に何も含みのない、まっさらな状態で、ショーバイとリスクを天秤にかけて、この内容で釣り合うのだろうか、と、もし自分が仕掛人だったとしたら、たいていの人は、逡巡してしまうのではないでしょうか。

3はありえると思います。ただ、特設サイトの文章をまで「問題文」として、つまりミステリ的フェアネスを求めて読むと、〈ある日突然送られてきた、まったく名前の知られていない著者〉という書き方は、本当に〈(世間に)まったく知られていない者〉なのか、〈(著述家としては)まったく名前の知られていない著者〉なのか、どちらにも解釈ができ、逆に推測の根拠とするにはアヤフヤなので、あんまりエレガントではない。ただ、4よりは可能性が高い。

4は〈まったく名前の知られていない著者〉という書き方からすれば、けっこう無理な感じがする。変名だとしたら、〈まったく名前の知られていない著者〉で「実は有名な小説家の変名でした!」は、やっぱり苦しい。苦しいけど考えざるをえないのは、本文の言語感覚に照らして(アリかな……)とも思えるからです。この小説は後半三分の二あたりから、新事実が次々と明らかになるのですが、一度読み終わって、二週目に入ると、(うーん、この時点でこの人についてこういう書き方をするのはアンフェアだよなあ)という記述があまりにも多い。それが「アリ」なら、〈まったく名前の知られていない著者〉=著名作家の変名、という言語感覚も、アリかもしれない。

〈この夏、総力を挙げてお届けする〉キャンペーン告知のページは〈キャッチコピーを代わりに書いてください!〉という見出しですが、募集要項の、

〈優秀作品に選ばれた5名様に、5千円の図書カードと、あなたのキャッチコピーが帯になった特装本をプレゼントいたします〉

〈本キャンペーンのために投稿されたツイート、応募フォームから投稿されたキャッチコピーやご感想は、『ルビンの壺が割れた』プロモーションの一環として、公式サイト、TwitterFacebook、および宣伝媒体(雑誌・新聞・TV・WEBサイト)、店頭宣伝物に使用させていただく場合があります〉

が伝えていることを意訳すると、応募したコピーは、店頭に並ぶ帯(その少なくとも表面)には使わない可能性が高く(「前代未聞のキャンペーンでネット上、話題沸騰!」の方がまだありえそうです)、せいぜいネット上かポップで使うかも、くらいになるかと思います。

たぶん本屋大賞以降だと思うのですが、2000年代半ばくらいから、書き手ではない、書店員の方のコメントを帯に載せるケース(特に国内エンターテインメント小説において)が増えてきました。それ自体は私はかまわないと思うのですが、それがインフレ化した一時期(2007~08年頃)は、20~30名のコメントが、目を凝らさないとよく見えないくらいに、ギッシリ羅列されているような状態もあって、ちょっと可哀想だな、と思うこともありました(コメント提供はおそらく無償――あっても図書カード程度――で、ヒドイものになると、内容というよりは「ギッシリ」という密度、オブジェとしての文字、が優先されている感じのものもありましたので)。

今だとたとえば二、三年前に創元推理文庫北村薫『空飛ぶ馬』のキャンペーンでは採用されたコメントが実際に掲載されていましたし、他にも読書メーターのコメントから採用される、というような例は、いくらもあり、それ自体はとりたてて目新しいことではないわけです。

私のようなふつつか者が、こんなふうにアレコレと憶測をたくましくしてしまうのは、おそらく、そうした「著名人ではない読者のコメント募集」を、「推薦の言葉が浮かばないくらいすごい、分類不能、前代未聞」という価値へと転換した錬金術のためでしょう。

そんなふうに考えてくると、一方、〈キャッチコピーを代わりに書いてください!〉の見返りが、上記、というのは、自分の言語感覚に照らして、ウーン、魂をセルアウトしてるかな、という印象を抱きます。こういう博打打ちの感覚、そしてそれを実現させる手腕は、自分には乏しいものなので、やっぱり、すごい

作家の正体に関して、私はある一つの推測を抱いているのですが、〈この夏、総力を挙げてお届け〉の邪魔(私が投げかけることのできる波紋など、凪のようなものですが……)をしてしまうのは心苦しいので、いちおう伏せておきましょう。

果して8月22日以降、なんらかの情報が明らかになるのか、否か。もし覚えていたら、また思い出してみてくださいね。