立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

ポー、カー、メナール、アルテ

◯ある方の示唆で松田道弘「新カー問答」を読んでいたら、カーが初期のバンコランものでフランス人を探偵役に、パリを舞台にしたことを「エキゾチシズム」と評していたのが印象に残った。というのは少し前に、ボルヘスの文章でポーがデュパンものをパリに設定したことを「エキゾチック」と呼んでいたので。ポーとカーという二人のアメリカ人がフランスをその探偵小説の舞台に設定した理由についてはいくつかの見方があるが(いち早く警察機構が整っていた国だ、いやそれよりも外国だから英語読者にはアラがわかりにくかったのではないか、云々)、「フランス」と「エキゾチック」という語の結びつきは一般的なものなのでしょうか。
ボルヘスの随筆風短篇「『ドン・キホーテ』の作者、ピエール・メナール」で「車輪の再発明」としての長篇執筆をあえて行なう登場人物ピエール・メナールはフランス人だ。短篇の語り手は『ドン・キホーテ』の文体について、17世紀のセルバンテスが書けば当時のスペイン語(母国語)をのびのびと使用しているが、20世紀のピエールが同じように書けばそれはフランス人がスペイン古語(外国語)を無理して使っているのだから同じテクストでも持つ意味合いは異なる、というふうなことを述べる(ボルヘス自身はスペイン/カスティーリャ語母語とするアルゼンチン人)。ここでポーとカーとボルヘスにおいて「フランス人」が共通の扱われ方(エキゾチシズム)がされていることになる。
◯すると私の中ではどうしてもあの有名な「フランス人の勘違い」という評言につながっていく。『殊能将之読書日記』のポール・アルテ評価(「偽物を書くことによって独自性を獲得している」)はピエール・メナール的だから。この辺の、言語と国の関係は重要だとおもう(ちなみに若い頃、ポーはロンドンに、カーはパリに暮らしていたことがある――カーはその後1946年までロンドンで小説を書く等、けっこう移動している)。
新倉俊一『詩人たちの世紀 西脇順三郎エズラ・パウンド』(みすず書房、2003)とボルヘス『無限の言語 初期評論集』(旦敬介訳、国書刊行会、2001)を並行して読んでいたら、西脇順三郎(1894-1982)とボルヘス(1899-1986)の境涯がしぜんと比較されてきて興味ふかかった。すなわち、両者とも若い頃にヨーロッパへ遊学して複数の言語に接したのち、母国へ帰る。文学者のキャリアとして考えると、西脇は日本の詩壇に海外の風をもちこみ、後年、江戸趣味が目立ってくる。ボルヘスは逆に、母国でのナショナリズムの盛り上がりに熱狂し、後年、より普遍的なコスモポリタンな作風へといたる。そこには母国の政治状況も反映しているとおもう(あと二人ともノーベル賞候補うんぬんといわれたとかいうのはまあ、オマケみたいなものですが……)。
◯全然関係ないけど、「新倉俊一」という文学研究者は同時代にお二人いらっしゃるんですね。
 新倉俊一 (フランス文学者。にいくら・しゅんいち。1932-2002)
 新倉俊一 (アメリカ文学者。にいくら・としかず。1930-)
不勉強ながら初めて知りました(『詩人たちの世紀』はもちろん、アメリカ文学者の方のほう)。

フランスとアメリカ。同じ文字でも意味が違う、という、ムリヤリな示唆をいちおう見出しておいて、本日はこれにて。