立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

市川哲也『蜜柑花子の栄光 名探偵の証明』(東京創元社、2016)を読みました。鮎川賞受賞作から続くシリーズ三作目にして完結編。前二作以上に凄まじく、圧倒された……というのは、あんまりポジティブな意味ではないんですけども。

私は基本的に、この著者を応援したいと思っています。というのは単に歳が近いからというだけではなく、「読んだから書いた」という初発の志へのシンパシーがあるからですが、シリーズが終わった以上、このままではたぶん同社から次作を出すハードルは高いだろうし、他社からも厳しいと考えられるので、作風を変化させない限り作家活動を続けるのは難しいはずだという危機感をも持っています。だから多少なりとも作者のゆくえが気になる方がいらっしゃれば、ぜひそのあたり、自分の思うところをネット上でもなんでもいいからバンバン書いて、話題にしてほしい。

さて作品自体について。版元の公式サイトにある「あとがき」http://www.webmysteries.jp/afterword/ichikawa1608.htmlでは、作者はこう書いている。

 私が当初、この三部作トータルでなにがしたかったのかというと『もしも名探偵が現実にいたら?』ということをなるべくリアルに考えてみることでした。
 名探偵って頭良すぎない? 現実に大掛かりなトリック殺人なんてやれる? なんで名探偵はやたらめったら事件に巻きこまれるの? 等々、世間からツッコまれそうな疑問に自分なりになるべくリアルな解答をしてきたつもりです。

しかしたいていの読者は、三部作を読んでも、いったいどこが「なるべくリアル」に書かれているのか、まったくわからないのではないだろうか。私はそう思い、なぜ作者の意図と作品とがすれ違っているのか考え、自分なりに有益な答えを引き出そうとしました。

まったく関係ない話題ですが、アザラシさんという方が先日、次のように書いていました。

「魔法は一つだけ」というのは、作品のリアリティのレベルがどのあたりにあるか、ということに関わります。作品世界が現実に近い場合、ある虚構の設定を一つ放り込む、するとAがA'になれば隣接するBもB'になり……というふうに、さざ波がどこまでも広がるように世界そのものもそれにふさわしいものに変わってゆく。それを支えるのがいわゆる「論理」であり、この改変がうまくいっている時、読者は「リアリティ」を感じる。逆にいえば、虚構だからといって作者はなんでも好き勝手に操っていいわけではなく、あくまでもこの「リアリティ」に沿わなければ、読者は混乱してしまうんじゃないでしょうか。
『蜜柑花子の栄光』の場合、たとえば第一の事件の「動機」について、納得する人はいるのだろうか。誰もが、「作者の都合で登場人物の心理が捻じ曲げられている」と感じるのではないか。つまりこの作中世界では、ワイダニットが成り立たなくなってしまう。

ふりかえってみれば……三部作を通じて、人物心理に関するリアリティは、かなりいいかげんというか、しっちゃかめっちゃかに書かれてきた(評価されることもある第一作の犯人の「動機」にしても、私は釈然としないものを感じています)。しかし「なるべくリアル」を目指すなら、心理のリアルさの追求は、かなり重要なものなのではないでしょうか。

 『蜜柑花子の栄光』を読んだ後、私はこの本がどういうストーリーであるかを、未読の人に伝えようと試みました。ところが「彼らはなぜそんなしち面倒くさいことを?」という人物心理の不自然さにいちいち引っかかり、うまく説明することができませんでした。つまり本作のあらすじというのは、かなり吞み込みがたいものを抱え込んでいる。そして……最後まで読んで明かされる真相は、そうした、万歩ゆずって不自然さを吞み込んだ読者の梯子を、「これは推理小説ではない」というあの伝家の宝刀で外してしまうていのものでしょう。いったい、なぜそんなことになってしまうのか?

考えるに、「これは推理小説ではない」と言わせてしまう書き手たちは、「現実」という刀を、自分が好きに抜くことのできるものだと捉えているのではないか(自分が「現実」に属する存在だから)。しかしフィクションにとって「現実」というものは、そうではないと思います。作品が始まった時点で、「魔法」は大なり小なりかけられている。後になって「現実」を持ち出すなら、それはフィクションの中でもう一つの「魔法」となるから、それなりの必然性(リアリティ)に支えられなければならない、必然性(リアリティ)にうまく支えられていない現実(リアル)というのは、最悪の場合、最も不自然(アンリアル)なものになりうる。現実(リアル)はフィクションの中で、無条件に必然性(リアリティ)を持つわけではない。そしてフィクションにとって重要なのは、現実(リアル)よりも必然性(リアリティ)のほうではないか。

小説とはふつう、始まりと終わりとを明確に持つ一本の線、つまり一次元のものです。「魔法」のリアリティとはこの中で、さざ波のように静かに、しかし確実に広がってゆく。後になって急に持ち出される別の「魔法」とは、一本の線からとつぜんもう一本の別の線に移るようなものでしょう。この、後の「魔法」がリアリティに支えられないなら、それは前の「魔法」を打ち消すような効果を持ってしまう……これが「梯子を外す」ということであり、つまり読者に「これまで読んでいたのはいったい何だったのか……」という徒労感をもたらす。それはフィクションの快楽とは違うのではないでしょうか。

以前admiralgotoさんという方が『密室館殺人事件』について、「持たざる者の戦い方」ということを書いていましたhttp://www.twitlonger.com/show/n_1sm5ros。物理トリック(HOW)での戦い方は厳しく、険しくなってゆく。けれどそれがどれだけ陳腐なものであっても、心理(WHY)による料理しだいで、作品に対する印象は変わってきます。たとえば殊能将之『鏡の中の日曜日』。あの小説において、作中の館における物理トリックは陳腐だし、全体の展開も「名探偵に推理ミスがあったと思ったらやっぱりなかった」という打ち消し系のものです。でも徒労感はない。その差異はおそらく、心理のリアリティの充実によるものなのでしょう。

『蜜柑花子の栄光』を読むと、どうしても、行動における人物心理に不自然さを感じてしまう。HOWの解明が重視される一方、WHYがおざなりに駆け足で消化されイビツさが累積してゆくさまを感じてしまう(このへん、たとえば邦画におけるストーリーのツッコミ所を主に突いていく時評『皆殺し映画通信』を読むと勉強になるところ)。

フィクションにとって重要なのは現実(リアル)よりも必然性(リアリティ)であり、そして必然性(リアリティ)にとって重要なのは、HOWよりもWHYなのではないか。三部作が終わった今、作者においては、フィクションと「魔法」との関係、人物心理の「リアリティ」を、真剣に考察して、再デビューするような心持ちで次作を執筆していただきたいと(勝手ながら)思っています。もし今後、「市川哲也の栄光」ということがあるべきものなら、必ずやそこから始まるはずだから。

 

 

名探偵の証明 蜜柑花子の栄光

名探偵の証明 蜜柑花子の栄光

 

 

 

ぼさのば

外出から帰って部屋の窓から遠い山の稜線に陽が沈むのを眺めていると、ふとジョアン・ジルベルトが聴きたくなって、それで久しぶりに、たぶん一年ぶりに、(ジョアンってまだ存命だよね……)と不安に駆られ、慌てて検索してしまった。

このところ、わたしが思春期のころすでにレジェンドとされていた人たちがぽつぽつと世を去りだしている。でもジョアンについては特に聞いた覚えがないしな……と思っていたら、やっぱり生きていた。でも1981年生まれで今年85歳だから、高齢ではある。

2003年に初来日したとき、一時間遅刻したとか、会場のエアコンが彼の希望でオフにされたとか、アンコールの際ステージ上で20分も固まって急死を疑われた、という噂を雑誌で読んだ。

翌年にその初日の模様を収めたコンサート盤が出た。田舎の高校生だったわたしはお金もなく、視聴コーナーでいっしょうけんめい(あんまり占拠すると迷惑だから何回かに分けて)聴いたとおもう。あのころは早くおかねが自由に使える大人になりたいとかそういうことしか考えていなかった。アホーだった。

そんなことをつらつら思い出していたら、壁掛けの小さなスピーカーから「三月の水」が響いてきた。

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メタミステリの怪作、連城三紀彦『ため息の時間』を読む

 連城三紀彦『ため息の時間』を読んだ。
 これは「すばる」に1990~1991年の約一年間連載されていたもので、連城流心理恋愛ミステリとモデル小説とメタフィクションを合体させたような作風である。著者の作品の中でも一、二位を争う怪作との評判高く、実際その通りだった。
 主要登場人物は四人いる。語り手の「僕」=31歳の画家と、センセイ=41歳のイラストレーター、センセイの奥さん、僕の元恋人=康子で、センセイに「ホモセクシュアル」な恋愛感情を抱いた「僕」が周囲を巻き込みながら物語は進んでいく。構造としては、その「恋愛事件」の顛末を小説化しようとしている「僕」が、小説家である「連城三紀彦」の手を借りながら語っていく、というものに(一応)なっている。
 読み始めてすぐ、これが一年間の「連載」という時間を作中にも取り込んだものだということに気づく。たとえば第二章の冒頭で語り手の「僕」はこのように述べる。

 既に僕は、先月発表した連載の第一回目で致命的な三つのミスを犯してしまった。
 その一つは、ほとんど訂正がきかないので無視してしまいたいのだが、無名で発表すべきだったこの小説をある既成作家の名で発表してしまったことだ。

 以下、「語り手」は語り損じるたびにその旨を断り、場面を前後させ、読者へ向けてついた嘘を訂正し、言い淀み、連載中に外野から聞こえてきた言葉などを織り込んでいく。いわゆる文芸誌に連載するのが初だったこともあってか、作者の経歴の中ではかなり実験的な度合いが強いといってよく、ある程度メタフィクションに触れた経験がないと、このノリにはなかなか戸惑うのではないかと思う。
 思うに、この元ネタの一つには、同じく「すばる」に五年近く連載(1981~1985)した小島信夫の『菅野満子の手紙』があるのではないか。『菅野満子~』も説明が難しい小説だが、まとめると、かつて小島が現実に書いた『女流』という小説(小島の兄が自分の絵画の師匠の妻である小説家・由起しげ子と不倫関係にあった際のことを後年モデル化したもの)があり、その発表から十五年を経てかつての事件を知る編集者から手紙が届けられる……というもので、連載という外部の時間を作品内部に取り込んだメタフィクション構造、不倫を中心にした四者関係(『女流』)、実際の事件をモデルにしたという題材、更に同じ掲載媒体(すばる)……という骨組みを踏まえているあたり、連城と小島信夫との結びつきがあるとすれば意外だが、『ため息の時間』の発想源の一つとなった可能性は高いように思われる。
 といっても、連城三紀彦じしんに何か恋愛事件が実際にあったのかということは巷間知られていない。文庫版の解説や『ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド 増補改訂版』の論考によればある程度の推測も可能なようだが、私にはその「真実」を明らかにする力も意志もない。単に『ため息の時間』を面白く読み、著者の他の作品ほどはあまり親しまれていないようだから、本書の“戦略”の一端を、未読の方に紹介してみたいというだけのことだ。
 先述のように、メタフィクションというのは読むのにコツが要るし、更にモデル小説というのも普通、作者に興味がなければ食指を動かされる人は少ないだろう。小島の『菅野満子の手紙』はかなり読み手を選ぶタイプの内容であり、『ため息の時間』にもそういう傾向はある。部数がどれくらいかは知らないけれど、発表からこれまで、最初から最後まで通読した人物の数を大雑把に推測すると、『手紙』が二千人、『ため息』が一万人いるかいないか(少ないか……)くらいではなかろうか。
 この“読者の少なさ”もまた、作者の計略の一部だったのではないかと私は思う。『ため息の時間』を最後まで読めば、“連城三紀彦”という作家が身近な男性と“恋愛事件”を起こしたのではないかという疑いを誰もが抱かずにはいない。にも関わらずそうした事実は作者も周囲もこれまでオープンにしていないし、また作者は刊行時、本書に関する取材をシャットアウトしたと「解説」にはある。
 とすれば普通の読者は、作品に対する判断として、「このような事件は実際にあったのかもしれないし、なかったのかもしれない」という、随分広いグレーゾーンを受け入れざるを得ない。しかし二極を揺れるこのような宙吊り感こそが、語り手が述べるこの小説の“意図”なのだ。そしてそれはかなりの程度、成功しているといってよいと思う。
 この宙吊り感について、再び第二章から。

 この小説を実際に書いているのは「連城三紀彦」という人だが、僕はその人とは別人なのだ。これは俳優や作家がもつ二面性という問題とは違う。連城氏が私的な“僕”として現実に体験したドラマを物書きとして小説化しているというのではない。連城さんと僕とは具体的に別人なのだ。(……)結局、僕たちはそのミスを何とか修正することに決め、連載第二回目をこんな風に書き始めることにしたのだ。
「それでも連載の宿命でね、こんな風に書けば読者の中には逆に、連城三紀彦が自分が主人公ではないと弁解するために嘘を書いているのだと誤解する人が出てくるよ」

 ここで、語り手の「僕」は「僕たち」として複数化している。しかし「僕たち」が力を合わせ「僕」個人として語るのが、この小説なのだ。そして詳述は避けるが、終盤において、二つの視野が一つになり、一つの視野が二つになるとでもいうべき事態が発生する。これは当時流行っていたいわゆるポストモダン文学的な語り(あまり使いたくない言葉だが、語り=騙りとかいうやつね)に近いように見えるかもしれないが、その記述を支えるものはより一層、手が込んでいる。
 二から一へと、一から二へ。これを、二つが一つになるエロスの経路と、再び一つが二つに分かたれる理性の経路と捉え、その他の連城作品につながるものとして見てみよう。たとえば次のようなシーンが思い浮かぶ。

何をしているのか、と絹川は声をかけた。
「先生、そのままじっとしていて」
(……)驚くと共に、やっと絹川には鴇子が何をしているのかわかった。(……)月光を逆光にして縁に立っている絹川の顔を、鏡に月の光ごとはねかえして自分の胸へと注ぎこんでいるのである。絹川の目に顔は鴇子の左胸を映しているのだから、鴇子の左胸はその絹川の顔を受けとめているのである。(……)
「もう大丈夫です。先生が私の胸の中に入りこんでくれましたもの」(『宵待草夜情』より「花虐の賦」)

 連城作品における主体は、対象(たとえば愛情を注ぐ人物)と一体化しようとして、しかし決してそれは果たされない……というパターンが多い。『ため息の時間』においても、「僕」と「センセイ」との性交の時間は「敗戦」と呼ばれるようななんともミジメなものであり、「僕」はその「奥さん」の体を「センセイ」を求めて抱く。これに限らず、AがBを求めるためにCに働きかける、というパターンは他の作品にても頻出する。主体(A)と対象(B)とは、なんらかの媒介(C)を通してでなければ十全につながることができないのだ。
 連城作品におけるこのCという媒介の経由に、ある種のかったるさ、まわりくどさを覚える人は多いのではないか。私がそうだった。人間(A)が世界(B)を求めるためにアイテム(C)を用いる、となれば、これは呪術である。読者の側からすれば、外野から雨乞いの儀式を見るようなもので、「そんなことして何の意味があるの」「もっと直接役立つことをしたらどうなの」という気持ちを掻き立てられるが、しかしこのパターンを、人間(A)が世界(B)を求めるために言葉(C)を用いる、とすれば、これは小説の本質そのものだ。ここにおいて、人物(A)が人物(B)を求めるために人物(C)を用いる、という連城ミステリ的三角関係の構図は、人間と世界と言葉との関係に重なり合う。
『ため息の時間』の語り手は、自分や相手の心理をくどいほど、ほとんど妄想的なほど饒舌に語り、記述を膨らませる。これはおそらく、対象から言葉を導き出すのではなく、むしろ言葉を紡ぐことによって対象をつなぎとめ、言葉=虚構の領域において対象と一体化を図ろうとする行為なのだ。
 最後に、もう一つだけ。

僕は読者に現実のドラマを知られることなどちっとも構わなかった。僕とは無関係な読者だけが相手なら、僕は現実のドラマをそのまま書いたね……ただ僕が怖れていたのは僕の身近な連中に“えっ、あの二人にはそんな事件が起こっていたの”と気づかれることだった。

「小説」の内部で「事実」を書いた、と述べる時、パラドックスが発生する。作品の内容は「事実」そのままとは受け取られず、しかし全てが「虚構」であるとも受け取られない。この二重の姿を二重のままさしだすことが、語り手「僕」の考えるこの小説の成功である(先ほど「メタフィクションを読むにはコツが要る」と書いたのはこのような意味においてだ……語り手が「この小説は失敗作だ」と述べたからといってそれをマジメに受け取り、「作者は本当に失敗作と思っていたのか?」と悩んでも意味がない。語り手と作者とを、にも関わらず一度切り離して考えるべきなのだ)。

 こうした告白型失恋型純文学の源流としてはもちろん、田山花袋の『蒲団』も踏まえられているだろう。しかしその昔ならいざ知らず、平成の世にこんな話がベストセラーになるとはとうてい思えない。そんなふうに、数少ない読者へ向けて、両義的な真実を、何やら迂遠なかたちで伝えること。本書の戦略は、そういうところに潜んでいそうだ。

 無いものねだりをすれば、もし本作が『菅野満子の手紙』のようにかつての実作をも取り込んで書かれたならば、記述は更に取り留めもないほど肥大化し、日本ミステリ史上稀有な複雑怪奇なる様相を呈していただろう。当然それは最初から眼目ではなかったはずだが、しかし仮にそうした作品が書かれていたならば……という夢想も、掻き立てられる。

一、二、三、そして〈遊ぶ〉ことの奥義――『殊能将之未発表短篇集』(5)

殊能将之読書日記』を読み返していて、瀬戸川猛資の死去と殊能将之のデビューがほぼ同時期であることに思い当たった。以下、そのあたりのことをおさらいしてみる。
1999年3月16日、瀬戸川猛資が肝臓ガンにより死去。「メフィスト」編集部が座談会で『ハサミ男』の作者へ呼びかけた号の校了がこの直後だろうか。
4月3日、福井の田波正は書店で「メフィスト」を手にし、巻末座談会で『ハサミ男』の受賞を知る。
5月28日、創元ライブラリより瀬戸川の代表作『夜明けの睡魔』文庫版が刊行。解説は法月綸太郎。わずか二ヶ月だから、この文庫化企画が死去を受けてなのか生前から進んでいたのかはわからないが、四月に法月が『夜明けの睡魔』を読み返していたことは間違いないと思われる。
一方、四月、五月と田波は、急に決まった受賞作刊行へ向けて改稿作業を進めていた。その流れの中で、『ハサミ男』の推薦文を法月が書くことが決まる。法月が読んだのは六月〜七月にかけてだろうか。次の言葉が掲載されている。

最近、推理小説らしい推理小説がないとボヤいている人へ。そんな貴方には、『ハサミ男』との心躍るひとときがお勧め。小気味よいユーモアと警句、三重四重のたくらみを秘めた構成の妙、ありきたりの「狂気」に居直らない志の高さ──異能な才気がほとばしる注目新人の1st.は、久しく忘れがちだったミステリのダイゴ味をたっぷり堪能させてくれる。気分は〈クライム・クラブ〉系、ネオサイコ・パズラーの快作!──法月綸太郎

そして8月10日、講談社ノベルスで『ハサミ男』が刊行、店頭に並び始める。

『未発表短篇集』大森望の解説に、当時の殊能将之の言葉が紹介されている。

「法月さんに礼状出したら、返事の葉書をいただいたんですよ。けっこうマメな人ですねー。もう家宝ですよ。でもその葉書に、『次回作がんばってください』とか書いてあって、『他人のことを心配してる場合か、自分はどうした、自分は』とか思っちゃいましたよー、ははは」
とか、あいかわらずひねくれている。法月にいさんと呼ぶことにしたらしい。
そう言えば、全ミス[全日本大学ミステリ連合]合宿で聞いた話では、一部で法月綸太郎殊能将之説が出てるそうで、魂の兄弟かも。[攻略](1999年8月25日 新・大森なんでも掲示板

実際には二人は同年生まれで、殊能が1964年1月19日、法月は10月15日だから、学年は殊能の方が一つ上である。『密閉教室』は1988年刊行なので、作家デビューは法月の方が11年先輩。
殊能将之読書日記』の解説で、法月は次のように書いている。

本格ミステリの評価軸という面では、都筑道夫瀬戸川猛資スクールの門下生であることを隠していない。とりわけ瀬戸川氏の代表作『夜明けの睡魔』の文体を、ずいぶん意識しているようだ。(……)私の思い過ごしかもしれないが、殊能氏の言い回しに、往年の瀬戸川節のこだまを聞きつけたといってもいい。

都筑道夫ー瀬戸川スクール」という点を始め、この異色な二人の作家的スタンスには、かなり近いところがある。評論活動の実績があり、「本格ミステリ」を中心にしながらその枠に留まらない幅広い先行作品(特に海外の)を取り入れた作風、引用癖、駄洒落好き、エトセトラ。現役国内作家について触れることの少ない「memo」で例外的に、取り上げられていたのが法月綸太郎だった。また、リレー短篇集『9の扉』では、ふだんそうした客演を断っていたと思われる指名を法月からということで受け、「キラキラコウモリ」を執筆する。法月は同企画に書いた短篇「まよい猫」について、無意識的に『キマイラの新しい城』に影響を受けてしまったと、そのあとがきで吐露している。
このように『ハサミ男』以降、二人の作家はジワジワと近づいていった。再び、法月の『読書日記』解説から。

現し身の殊能氏が限りなく執着し、野心を抱いていた対象は、SFであったと推察される

殊能将之の死去が世間に知られたのは2013年3月30日。その数日前の3月27日、法月はSF設定を大胆に取り入れた短篇集『ノックス・マシン』を上梓し、のちにその年の「このミステリーがすごい!」一位、「SFが読みたい!」六位を得るなど高い評価を受けたほか、SFとしては2015年にも『怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関』を刊行している(ちなみに刊行は『読書日記』の翌月)。
殊能将之先述のように、ポーと同じく1月19日を生誕日とすることを公言し、また本格ミステリとSFについて、

このふたつのジャンルは、ともにエドガー・アラン・ポーを直接の起源としており、双子の兄弟といってもよい。

と書いている。これで法月がポーの没日と同じく10月7日生まれなら、まさに「魂の兄弟」なのだが、もちろんそんな暗合はなく、10月15日生まれとして知られている(しかしわずか8日違いというのが微妙だ……なぜ法月先生はもう8日早く生まれてくれなかったのか)。
『夜明けの睡魔』の解説を読むと不思議なことに、法月はこのミステリ評論集を評して「センス・オブ・ワンダー」という主にSFに使われる語を用い、のちの弟分の文業にも当てはまるかのようなことを述べている。

誤解を恐れずに、断言してしまおう。瀬戸川氏の文体がもっとも生き生きと輝くのは、ミステリ作品の中にある種の“センス・オブ・ワンダー”を見出した時なのだ、と。(……)では、ミステリという形式に内在する “センス・オブ・ワンダー”とは、具体的にどういうものなのか。一口に言って “センス・オブ・ワンダー”は、固定観念に縛られない、フレキシブルな物の見方・考え方から生まれるものである。視点の斬新さ、あるいはフットワークの軽さと言い換えてもいいだろう。ここでいう固定観念とは、たとえば(あくまでも、たとえばの話)「ミステリとは、作者と読者の知的ゲームである」という尺度で、すべてのミステリを一元的に割り切ってしまうような融通が利かない態度を指しているのだが――。

さらに、『ハサミ男』推薦文の〈ありきたりの「狂気」に居直らない志の高さ〉というフレーズに注目していただきたい。法月は先の解説つまり『ハサミ男』を読む直前に執筆した解説で、こう書いているのだ。

瀬戸川氏は“現代の狂気”という無神経で、安直な言葉がミステリ界に蔓延していることに対する苛立ちと率直な怒りを隠さない。《こういうことばを無造作に連発されると、その背後に、歯のたたないものはすべて“狂気”という便利なことばで片付けてしまおうという俗っぽい逃避的姿勢を感じて、げんなりしてしまう》(一五四頁)。氏が我慢ならないのは、そうした内容空疎な紋切型の言い回しこそ、ミステリを先入観と固定観念で縛ってしまう元凶であることに気づいているからだ。このような《俗っぽい逃避的姿勢》が、“センス・オブ・ワンダー”からもっとも遠いものであることはいうまでもない。そのことを肝に銘じた後で、瀬戸川氏はスタンリイ・エリンに関する話題を持ち出してくる。

《スタンリイ・エリンに“異色作家”や“奇妙な味の作家”といったレッテルを貼るのは、まちがいである。ロアルド・ダールやジョン・コリアと同列に論じるのも、まちがっている。異色どころか、この人はとても普通で正常な人なのだ。あまりにも正常すぎるために、逆に異常と見られることのある作家なのである。(一五四頁)》

(……)ある意味で、これは瀬戸川氏自身のことを語っていると言ってもいい。健全な“常識”に裏打ちされたまっとうなミステリ観というのは、要するにこの章で示されたような洞察の深さのことである。“センス・オブ・ワンダー”を感じる土台には、こうした当たり前すぎて、時には残酷ですらある“常識”の裏付けがなければならない。その裏付けがあるからこそ、瀬戸川氏の文章は強いのだし、年月を経ても輝きを失わないのである。

田波正も“現代の狂気”という言葉について、基本的に同じ認識を共有していたと思われる。おそらく東京を引き払う直前の1995年7月、同人誌に書いた「ミステリ日記」の〈 告白するが、ぼくはサイコ・スリラーが大嫌いなのです。どうして嫌いかというと、理由はふたつあって……おっと、もうおしまいじゃん。このお話は次回に 〉と予告されるだけで結局書かれることのなかった「サイコ・スリラー批判」の内実とは、上で法月が述べているようなことではないか。『ハサミ男』の母胎となったのは、こういう感覚なのだ。
推薦文を書いた時点で、まさかその13年後、同い年の新人の追悼文を書くことになろうとは思わなかったはずだ。そのような経歴を持つ彼だからこそ、没後の著作の巻末でこんな「残酷ですらある」辛辣なこともいえるのだ。

殊能将之のような独特な才能の所有者には、あの程度働いたくらいで死ぬ権利はないのである。


ハサミ男』と「ハサミ男の秘密の日記」は、書かれた時期がごく近いこともあるだろうが、ラストにおいて近い演出がなされている。語り手は新しい生活へと否応なしに導かれ、これからどうなるかはわからない、周囲からはなんとなく持て囃され疎ましくもあるが、しかし不安とともに期待もある……そして、誰しも印象に刻まれる、ラストの一行=フィニッシング・ストローク

「〈メフィスト〉を見ていただければ、おわかりだと思いますが、いまうちの周辺はコミケ+インターネット状態なんですよ」Fさんはくすくす笑いながら、「ですから、業界騒然、という感じで推薦文ができれば……」
Fさんには悪いけれど、なんだかなあ、と思った。コミケ+インターネット状態で、業界騒然ですか。へえ、すごいですねえ。
こういう光景は一度見たことがある。サイバーパンク全盛期のSF界である。いまちょうど、ミステリ界はあの時期にさしかかっているんだな。大森望さんがなんなく適応できるのも、当然だ。
ということは、あと二、三年でミステリ・ブームも終わりか。
スター・ウォーズ エピソード1」が日本公開され、西暦二〇〇一年に「2001年宇宙の旅」が再上映されたあとは、またSFブームが到来するのだろう。みんな「ミステリなんてダサい。これからはSFの時代だ!」と大合唱しはじめる。そして〈新本格SF〉を名のる若手作家が多数登場し、昔ながらのSFファンは眉をひそめるというわけだ。SFファンの皆さん、よかったですね。(……)
べつに自分から隠居したわけではなく、あくまで病気のせいなのだが、田舎に引っこんでいてよかった、とつくづく思った。東京にいたら、「業界騒然」の渦中にまきこまれるところだ。そーゆーの昔さんざんやったから、もういいよ。(……)
わたしはワープロに向かい、磯達雄宛の手紙を書きはじめた。ひさしぶりに東京に行くのだから、磯くんにはぜひ会いたい。まあ、彼には事情を説明してもいいだろう。(「ハサミ男の秘密の日記」)

これからどうすればいいのだろう。
何か確実な方法を見つけて、自殺を成功させるか。
少女殺しをつづけて、今度こそ警察に逮捕されるか。
医師そっくりの男が言っていたように、実家に帰って、家事手伝いをすることになるのか。 (……)
どれもありえないことのように思えた。
だが、その一方で、どれも十分ありうる未来のようにも感じられた。
まあ、どうでもいい。医師がいつか言っていたように、人生はなるようにしかならないのだから。(『ハサミ男』)

私はこの二箇所を読み返すと、どうにも、奇妙な気分に駆られてしまう。すべてはまだ始まったばかりで、何も定まってはいない……これからすべてが始まる……そんな、新世紀前夜な気分に。

時々、「殊能将之は寡作家だった」という主張を見かけることがあるが、それは間違ってはいないか。何しろ、1999年から2004年の5年間で七冊を出しているのだから、なかなかのペースではないだろうか。単にその後の「沈黙」が長かった……つまり、作家生活の前半と後半で両極端だったのである。
2011年4月21日の呟き。

 

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この「プロジェクト」がどういうものだったのか、今となってはわからないが、その「あらすじ」としてリンク先に貼られていたのは、上のトランプの画像である(元サイトからは失われているため、「引用」として紹介させて頂く)。タロットカードで「あらすじ」を作るといえばイタロ・カルヴィーノ『宿命の交わる城』などが思い浮かぶが、トランプであらすじを作ることができるのだろうか……ご存知の方はぜひお教えください。

殊能の遺作について、法月綸太郎は追悼文で、ジョルジュ・ペレック『人生 使用法』のような大作を書いていたのではないかという伝聞情報を紹介している(先の「プロジェクト」と同一のものかは不明)。
このようにあれこれと推測するのは、永田耕衣の件などを考えると私はロクな読者ではないかもしれないが、しかし述べてきた通り、その作品世界はとりあえずの終わりのかたちをもとることなく中断を余儀なくされたのだから、どうにも生煮えの感情が残ってしまう。 『殊能将之未発表短篇集』を読むとその渇きは増してしまう。 ……私のような者が長々と語ることをここまで聞いてくれたあなたも、きっと同じ気持ちではないだろうか。だからどうか臆することなく領域へと踏み込んで、あなた自身のやり方で遊んでほしいと、身勝手極まりないことを願っているのだけれども。

  

殊能将之 未発表短篇集

殊能将之 未発表短篇集

 

 ※

『読書日記』『未発表短篇集』と続けて読んできて、『鏡の中は日曜日』からはだいぶ開いちゃいましたが、次は『樒/榁』を再読していきます。

昨日までその気はなかったんですが以前パブーに載せたのを修正してカクヨムに投稿しました。

https://kakuyomu.jp/users/anttk

というのは「矢尾通信」を久しぶりに読み返したら作中の擬似SNSシステムが懐かしく思い出され(私は大学一回の時入った近所の古本屋で数度見かけただけですが近いものが実際にあった)、やっぱりこういうのはもっと活発なSNSに投稿せねば!と感じたためです。

大きな修正点としては同作のラストの変更(実質的なカット)とか、自分でもよくわからないままCMの二次創作をした「スノー・マジック・ファンタジー」後半のかったるい会話シーンを整理したりしています。

あとは去年ここに載せた「日記について」のラストをフィックスしたら手持ちはなく、その後は未定です。

佐々木中『切り取れ、あの祈る手を』(河出書房新社、2010)を読んだ。

作家の後藤明生さんが「何故小説を書くのか」と自問して「小説を読んでしまったから」と、あの独特の人を食ったような不思議な感じで答えていますね。これは、実は同じことなのですね。読んでしまったんです。だから書くんです。何度読んでもそう書いてある。そして他にどうしようもない。ならそれをするしかない。書くしかない。
本書の主題は「読むこと」と「書くこと」にある。この後藤明生の有名なフレーズは私もこのブログで紹介したことがあるけれど、それを初めて知ったのは、金井美恵子の『小説論』だった。
これは後藤明生が小説論のなかに書いていた言葉ですが、「読んだから書いた」というのが、小説家として、なぜ小説を書くのか、という質問に対する答えだ、ということになるでしょうか。/もちろん、こうした言い方が、別にポストモダンというわけでもありませんし、ことさら知的というわけでもないのです。(金井美恵子『小説論 読まれなくなった小説のために』)
後藤自身はおそらく同じことを様々な場所で書いているのではないかと思うが、とりあえず目につきやすいものとして、『小説――いかに読み、いかに書くか』冒頭の記述を引いておこう。
なぜ小説を書きたいのだろうか。それは小説を読んだからだ――という形で、「読む」ということと「書く」ということを、結びつけてみようと思ったのである。すなわち「読む書く」という関係である。(『小説――いかに読み、いかに書くか』)
金井著の記述より本人の方が、はぐらかしもあるのだろうが、冗談めかしてやや突き離した感じがある。佐々木著の紹介は更にマジメである。そしてこの「マジメに受け取る」ということこそ、『切り取れ』という本の真骨頂であり、「なぜ書くのか。それは読んだからだ」という言葉をどれだけ広く長く深く受け取ってゆけるかというところに、すべてがかかっている。

一方で、「本はマジメに読めるものではない」とも本書はいう。なぜなら、本当に危険な書というのは、もしマジメに読むならば読み手を根本的に変化させかねず、それでは穏当な社会生活は送れない。ゆえに多くの人は危険な書に出逢っても、無意識的にブレーキをかけながら読み、適当なところでのめり込むことを防ぐ。するとどうなるか。その書はしだいに誤解され、誤解が通念として広まり、後になればなるほど読み手は自分が読んだ内容と世間的通念とを勘案して、世間のほうをとる。自分が狂っているのか、それとも自分以外の世間が狂っているのかという狭間に立たされたとき、自分のほうをとることは困難だ。しかし時折、「マジメに読む」者が現われる。たとえばムハンマド。たとえばルター。聖典をマジメに読んだ時、どう考えても書物に書かれてあることと世間がそこに読みとったこととは一致していない、と彼らは見た。したがって自分が「マジメに読み」とったほうをとり、世間的通念を「書き」変えねばならない。この時、「読み」「書く」ことは、革命になりうる。
後藤もそうだった。彼がロシア文学科の学生だった時、ロシア文学をめぐる状況は通念の方が支配的だった。御用評論家が権力のお墨付きを受けていた。
スターリンといえば、いまでは文学の敵と相場は決っているようなものであるが、当時はちゃんと生きていて、ソ連および世界中の進歩的といわれる人々を支配していたのである。そして、日本じゅうの大学という大学では、「スターリンカンタータ」が歌われていたのである。/つまり、エルミーロフの『ゴーゴリ研究』は、社会主義リアリズムのお手本であり、ゴーゴリ論の決定版であり、結論なのであった。もちろん、わがロシア文学界にも、反対者はいたと思う。しかし大勢は、そういう具合であった。わたしは、何としてもこれには反対しなければならないと思った。いま思えば、これもまことに平凡な、常識にすぎない。しかし当時の私にしてみれば、大袈裟でなく、命がけのつもりだった。エルミーロフを認めることは、わたしの考えているゴーゴリが無視されることであり、それはすなわち、わたしの考える文学が無視されることだと思った。つまり、エルミーロフのゴーゴリ論に反対することは、わたし自身の問題だった。ゴーゴリの笑いについて考えることは、大袈裟でなく、わたし自身の生き方の問題だったのである。『笑いの方法』
孤独な闘いはここから始まる。後藤が更に革命的だったのは、「読み」「書く」という原理をしきりに強調したことである。

だから、後藤の「なぜ小説を書きたいのだろうか。それは小説を読んだからだ」という言葉は、『切り取れ』の終盤、さらにこのようにも変奏される。
ベケットツェランヘンリー・ミラーやジョイスやヴァージニア・ウルフや……ヴァレリーがいなければ私はここにいません。ニーチェフーコールジャンドルドゥルーズラカンがいてくれてよかった。いてくれなければ、私は一体どうしていいかわからなかった。何を書いたらいいのかわからなかったということではなくてね。何をして生きていたらいいのかもわからなかった。ヴァルター・ベンヤミンが言っています。「夜のなかを歩みとおすときに助けになるものは、橋でも翼でもなくて友の足音だ」と。足音を聞いてしまったわけでしょう。助けてもらってしまったわけでしょう。なら、誰の助けになるかもわからないし、もしかして誰にも聞こえないかもしれない。足音を立てることすら、拒まれてしまうかもしれない。けれど、それでも足音を響かせなくてはならないはずです。響かせようとしなくてはならないはずです。一歩でもいいから。
ここでは、暗闇の中で足音を聞き、それに勇気づけられたなら、自身も足音を「響かせようとしなくてはならない」というところまで踏み込んでいる。ロシア文学の御用評論家に「反対しなければならないと思った」と「命がけのつもり」だった学生時代の後藤も、このような心情を持っていたのではないかと想像する。

「叙述トリック」についてのメモ(6)

今更ではあるが、以下の議論に一度、目を通していただきたい。

ここで「叙述トリック」という言葉が何を指すのかについては、その言葉について、じっくりと考えたことのある者でなければ、かなり混乱してしまうのではないだろうか(私がそうだった)。
ここで我孫子武丸が述べていることは、実にシンプルだ。世間では、「どんでん返し」というテクニックそのものを「叙述トリック」と同一視してしまう傾向があるが、実際に「叙述トリック」という概念が含む範囲はもっと限定的だ、ということだ。しかし様々な人物が様々な論点を持ち込んで別個に私見を述べているため、まとめでは議論が錯綜して見える。少なくとも私の見る限りでは、映像/小説、三人称/一人称、故意/過失、現実/幻想、という要素がゴッチャに入り混じって整理が共有されていない。それを個人的な参考のためにもほぐしてみたい。
映像・小説・一人称
先のまとめで議論の始まりは「映画における叙述トリック」とは何か、である。人称において、映像と小説の最大の差は一人称にある。映像では純粋な一人称=主観ショットのみで出来た作品はほとんどなく、小説に比べれば圧倒的に少ない。一人の主人公を持つ映画はたいてい、出来事における主人公の顔を映す。しかし人間は鏡などを用いなければ自分の顔を見ることは出来ないから、主人公の顔を映す映像は主人公自身の主観ではない。ゆえに映像で多く用いられているのは、三人称の視線である。主人公による一人称的性格を強めるために、モノローグが音声として入ることがあるが、それは音声という言葉を副次的に用いているのであって、映像そのものが一人称であるということではない。
叙述トリックはよく「映像化不可能」といわれる。叙述トリックは何かを「言い落とす」ことによって効力を発揮するのだが、情報量の少ない言葉においては比較的たやすい「言い落とし」の余地が、雄弁な映像においては乏しいからだ。しかしもちろん映像においても、叙述トリックというものは存在する。
どんでん返しと言い落とし
上で、〈世間では、「どんでん返し」というテクニックそのものを「叙述トリック」と同一視してしまう傾向があるが、実際に「叙述トリック」という概念が含む範囲はもっと限定的だ〉と述べた。どんでん返しというのは物語における技法の一つだ。なぜ「どんでん返し」と「叙述トリック」が同一視されがちなのというと、あらゆる「どんでん返し」は「言い落とし」を原理とするからだ。叙述トリックも夢オチもメタトリック(実は作中作だった、とわかるようなもの……これはいま仮に名付けた)も、「言い落とし」が基本にあることにおいて共通する(どんでん返しの例はそれだけに限らないが、特に混同されがちなこの三つをここでは取り上げる)。いずれもある事実を伏せておき、後になってそれをひっくり返しことには変わりない。
ではそうした夢オチやメタトリックと「言い落とし」を共有する叙述トリックは、どこに差異を持つのか。それは、「作中現実の次元において虚偽の叙述をしない」という点にある。
夢オチ(ここでは幻覚や幻想も含む)やメタトリックとは要するに、「作中現実だと思わせて実は次元が異なった」と後でわかる「どんでん返し」に力点がある。叙述トリックはそうではない。作中現実の次元は変わらないまま、ある事象をまったく別の事象であるかのように、嘘をつかずに混同させるのが叙述トリックだ。
私が整理するところでは、叙述トリックには二つの原理がある。それを仮に、叙法型と構成型と名付けよう。
「消防署のほうからやってきました」といって消防署員だと思わせるとか、女性に「僕」と自称させて男性だと思わせるというのが叙法型。
ひるがえって、複数のパートの構成によってある事象を錯覚させるのが構成型。
叙述トリック」をここで、「言い落とし」を基本としつつ、作中現実のある事象を叙法ないし構成によって別の事象に混同させるテクニックである、と定義してみよう。
むろん実際には作中作と組み合わせた叙述トリック、更には夢オチと組み合わせた作中作と組み合わせた叙述トリック、というような複雑なものもあるのだが、その場合もやはり、それぞれの仕掛けが効力を発揮する点は異なる。
叙述トリックの歴史的意義について最も詳しく書かれた本は、笠井潔『探偵小説と叙述トリック』(東京創元社、2011)だと思われる。次回からは、その中で取り上げられている作品をいくつか見ながら、考えていきたい。