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立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

【記録シリーズ13】ノスタルジア

高校生だったころ何度か、初めて読む小説なのに、ある一節で強いデジャ・ヴ感を覚えたことがあった。
なんだか自分の頭の中身がこぼれでたのを再び眼から吸いとるようで、かなり混乱したが、よく考えればなんのことはない、そのちょっと前にラジオで朗読されるのを聴いていたのだ。
今はそうでもないが、私も中学・高校の頃は、ラジオの深夜番組が好きだった。なかでも原作に基づいた本格的なドラマや朗読のたぐいは、テレビとは違い、深夜の静けさともあいまって、部屋の空気が一気に変わるようでいつも楽しみだった。
週に何番組かは定期的にチェックしていたと思う。たいていの場合は、ながら勉強で耳を半分傾けていたわけだけれど、そういう無頓着さだから、既に朗読を聴いたにもかかわらず、それをすっかり忘れて、まっさらな気持ちで同じ小説を手にとったのだろう。
なかでも最も印象が深かったのが、恩田陸の短篇集『図書館の海』で、確かあれは、毎週月〜金の五日間、同じ時間帯で一冊の短篇集の中からそれぞれ違う話を五つ選んでいくというスタイルだったような気がする。
読みながらとにかく、ぎょっとした。自分は過去、確実にこの文章に触れたのだという既視感もさることながら、そこに書かれているのが同時に「時間」とか、「記憶」にまつわる言葉だったからで、私は恩田陸の小説はあまり数を読んだことがないけれど、けっこうそういうテーマは多く書かれているのじゃないだろうか。
「俺、思うんだけど、時間ってやっぱり連続してないよね。ぐるりと回ったり、逆行したり、あちこちで切れたり重なったりしてると思う」
これまた、何言ってるんだこいつは、というあきれた声が響いた。
「俺、すっごく懐かしい記憶がある。これを思い出すと、時間のうねりがうわーっと頭の中に押し寄せてきて、泣きたいような、眩暈のするような、えらくどんよりとした気分になる。それがどういう記憶かっていうと、……」
落ち着くうち、なるほど、これは数ヶ月前(もしかしたら数年前かもしれない)に聴いたアレだ、と思いだす。しだいに声が甦ってくる。なるほど、なるほど。
いかにも物語めいた経験に乏しい人間にとって、こんな話は珍しい。大学に入って、何人かに吹聴した。もともと、記憶とか回想とかいう話になると、私はなんだか、たまらなく切なくなってくるのだ。
それからまた月日が経った。
このメモとも断片ともつかない「記録シリーズ」はしばらく中断していたが、『図書室の海』のあの話を一度言葉にしてみよう、とは思っていたので、今日、ちょうど文庫版を手に入れたこともあって(前回読んだのは、高校の図書館で借りたもの)、該当部分を探してぱらぱらめくってみた。が、なかなか見つからない。
この短篇集はノンシリーズで、各話につながりはないのだが、あれは海の話だったような気がする。昔、そこで犯罪があって、語り手の「私」がそれに不信を覚え……。
私の記憶では、その映画は白黒である。
日本映画。覚えているのは海辺の場面だ。
「ある映画の記録」。いや、これじゃない。これは時間の話ではない。大事なのは、時間は連続していない、ということだ。ラジオを聴きながらそういえば、(ふむ、ふむ)と自分は、しきりにうなずいていたんじゃなかったか。
そしてそれを忘れた。忘れて本を手にとった。
なぜあんな重要な出来事を、母に指摘されるまで忘れていたのだろう。
本のページをめくりながら、私はそちらの方が不思議だった。
言われてみれば、あの日のことはくっきりと思い出すことができる。
トリックは思い出すことができる。が、あの一節はない。別の話に移ろう。
いつものように何気なく裏表紙を開いた瞬間、おや、と思った。
デジャ・ヴを見たような感覚。
表題作。これは「海」といっても、ほんとうの海にまつわる話ではない。
というわけで、また次に移る。今度は冒頭作「春よ、こい」。
「どうしたの?」
「なんだか、おかしな感じがしたんだ。今と同じようなことをずっと前にも誰かに話したような気がして……」
「あっ、それ、デジャ・ヴってやつでしょ? ユーミンの歌にあったもん」
「それかな」
少女は後ろを振り返る。冷たい青空に煙る薄桃色の記憶。
「それかな」といわれても、それではない。ユーミンもあまり知らないし。
こんなふうにして、(半ば不安に感じながら)全体をパラパラめくっていったら、やっと先の一節に行き当たった。
「俺、思うんだけど、時間ってやっぱり連続してないよね。ぐるりと回ったり、逆行したり、あちこちで切れたり重なったりしてると思う」
これまた、何言ってるんだこいつは、というあきれた声が響いた。
「俺、すっごく懐かしい記憶がある。これを思い出すと、時間のうねりがうわーっと頭の中に押し寄せてきて、泣きたいような、眩暈のするような、えらくどんよりとした気分になる。それがどういう記憶かっていうと、……」
これは最終話「ノスタルジア」。
今となっては確かめにくいが、どうも、「図書室の」というタイトルと、実際に海が舞台となる「ある映画の記憶」も、朗読された五日間のうちそれぞれ別の日に取り上げられたのだろうか、潮騒と、語る声と、時間と記憶とが、かき混ぜられ、頭の中でごっちゃになっていたらしい。
もはや、「時間ってやっぱり連続してないよね」という言葉も、以前ほどには突き刺さらない。何より、既に聞き、読んだはずの各話のあらすじさえ、すっかり忘れてしまっている。忘れながら、(ふむ、ふむ)とうなずいた時よりも私は、時間の連続を、日常の中で信じているかもしれない。
そして再び、同じ本を手にとり、また読み返そうとしているところ。

図書室の海 (新潮文庫)

図書室の海 (新潮文庫)