立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

殊能将之

殊能将之を再読する/「鏡の中は日曜日」(5)

【殊能将之『鏡の中は日曜日』の趣向に触れていますので、未読の方はご注意ください】 おさらい だいぶ間が開いてしまったので、ちょっとおさらいから。 二年前に『ハサミ男』を再読して以来たびたび、作中に「ズレ」というモチーフが現われることに気づいた…

講談社のサイトに読書日記のページができていましたが、やっぱり24日みたいですね。この価格だと、『アガサ・クリスティー完全攻略』のように箱がつく仕様なのかしら……って、書いてて思ったけど、これってもしかすると何か没後受賞の可能性ワンチャンあるん…

『殊能将之読書日記』が刊行されるそうです

前回紹介した殊能将之氏の公式サイトを基にした本が、『殊能将之読書日記 2000-2009 The Reading Diary of Mercy Snow』というタイトルで6月11日に発売されると先週、予告が出ていました。 「katsukura」前号が刊行情報のおそらく初告知となった本書について…

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以前から作ろうと思っていたもののなんだか恐れ多い感じがして一年以上ノビノビになっていたので、えいやっと作りました。 特に再読記事関連は自分で前に何を書いたかを思い出そうとすることがよくあるので。

殊能将之の書評集の情報が

季刊誌『かつくら』最新号(2015年冬号)に殊能センセーの書評集が刊行予定との情報が掲載されていると知り(via 千年雪さん)、さっそく見てみました。 といっても、編集者に対するアンケート特集の冒頭に講談社の社員らしき方が寄せた文章中にさらっと一行…

殊能将之を再読する/「鏡の中は日曜日」(4)

作品がリレーするもの(続き) 綾辻行人と同じ京都大学推理小説研究会出身の円居挽は、野性時代2014年6月号の「私の愛する本格ミステリ」特集に寄せて、「私の偏愛ミステリ作品」というテーマに『鏡の中は日曜日』を挙げ、こう述べている。 本格ミステリの華…

殊能将之を再読する/「鏡の中は日曜日」(3)

【殊能将之『鏡の中は日曜日』の趣向に触れていますので、未読の方はご注意ください】 作品がリレーするもの 私は前回、「『鏡の中は日曜日』は本格なのか否か」という疑問を書きだしたまま、言いっぱなしにしてしまった。三年前http://d.hatena.ne.jp/kkkbe…

殊能将之を再読する/「鏡の中は日曜日」(2)

【殊能将之『鏡の中は日曜日』の趣向に触れていますので、未読の方はご注意ください】偶然の一致について 本書の惹句としてノベルス版と文庫版のカバー裏にはそれぞれこうある。 ノベルス版:隙なく完璧な本格ミステリ! 文庫版:まさに完璧な本格ミステリ。…

殊能将之を再読する/『鏡の中は日曜日』(1)

【殊能将之『鏡の中は日曜日』の趣向に触れていますので、未読の方はご注意ください】 『鏡の中は日曜日』については、三年前の夏にも再読した。その少し前から、自分の中では「詩と散文」への関心が大きくなっていたから、だいたいそれに引きつけて読んだよ…

そろそろ『鏡の中は日曜日』を再読したいと思います。

前回http://d.hatena.ne.jp/kkkbest/20140715/1405441087からまたしてもだいぶ時間が経ってしまいました。その間に夏があり、ラヴクラフトやツェランやマラルメやをシッカリ読もうとしていたのですが、ままなりませんでした。特にラヴクラフトについてはまっ…

『Before mercy snow 田波正原稿集』を読む

1 去年のうちに入手していたものの、レビューされている作品になじみが薄い(主にSF)ことからチビチビと読んでは残していた『Before mercy snow 田波正原稿集』(名古屋大学SF研究会、2013)を、ようやく頭から一気に通読した。収録原稿は名大SF研の機関誌…

殊能将之を再読する/『黒い仏』(5)

【殊能将之『黒い仏』の趣向に触れていますので、未読の方はご注意ください】 『黒い仏』はどのようにして書かれたのか 前回、新しい書き手に出てきて欲しい、ということを述べたので、『黒い仏』がどのようにして書かれたのかを私なりに推測してみたい。と…

殊能将之を再読する/『黒い仏』(4)

【殊能将之『黒い仏』の趣向に触れていますので、未読の方はご注意ください】 差異をめぐる眼差しについて 差異をめぐる眼差しは、作中のいたるところにばらまかれている。大陸と日本のあいだで没した円載、区別のつかない二つの曲、カバー曲、回文メニュー…

殊能将之を再読する/『黒い仏』(3)

【殊能将之『黒い仏』の趣向に触れていますので、未読の方はご注意ください】 「軽さ」について 『黒い仏』には、それまでの二作と比べてある「明るさ」、それも「軽さ」から通じてくるような「明るさ」を感じる。しかし「軽さ」なら、『ハサミ男』や『美濃…

殊能将之を再読する/『黒い仏』(2)

21世紀初頭の評価について 『黒い仏』は現在、一種の“奇書”として知られているが、2001年1月に刊行されたこの本を私はリアルタイムで読んではいないので(2003年頃だった)、当時どのように評価されたのか正確なところがよくわからない。そこで、年末ランキ…

殊能将之を再読する/『黒い仏』(1)

どの分野にもいえると思うけれど、ジャンルというものは、人を捕らえ、従属させ、その領域から別の領域へ横断する者を見ると不快感をかき立てる、何か危険な力を備えているらしい。慣れ親しむうちに内面化された規律は、判断の感度を高めるいっぽう、透明な…

殊能将之を再読する/『美濃牛』(6)

Since I Left You 殊能氏はボルヘスが引用に際して行なった操作について、ある発見をしたことがあるという。 ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「タデオ・イシドーロ・クルスの生涯」という短編には、イェイツの詩がエピグラフに使われている。記憶で書くので不正…

殊能将之を再読する/『美濃牛』(5)

「夜に耐えられるか?」 美濃牛との出会いの場面は、巧妙に作られている。天瀬は、毒を飲んだ美雄と一緒に洞窟の中へなだれ落ちた。そして美雄の死体がクッションとなって命拾いする。一歩間違えば、自分が死んでいただろう。助けを求めて歩き出すが、しだい…

殊能将之を再読する/『美濃牛』(4)

【殊能将之『美濃牛』の展開について触れていますので、未読の方はご注意ください】 ※ 夜の力、昼の力 横溝作品が“暗い”いっぽう、『美濃牛』は“明るい”といわれる。しかし注意して読むならば、金田一ものでも殺人事件の渦中とは思えないほどのんびりした雰…

殊能将之を再読する/『美濃牛』(3)

【殊能将之『美濃牛』の展開について触れていますので、未読の方はご注意ください】 ※ 迷路の中/外へ 前回引用した、「平易な文章」を書く「頭がいい」作者の系譜は、一種の文学論といえるだろう。しかし他方で、「頭がいい」作者については後年、このよう…

殊能将之を再読する/『美濃牛』(2)

【殊能将之『美濃牛』の展開について触れていますので、未読の方はご注意ください】まず前回、だいぶ酷い勘違いを一点書いてしまったのでその訂正を。 前回、『美濃牛』の叙述形式に関して、「三人称・多視点・現在」だと書き、また〈『美濃牛』において、語…

殊能将之を再読する/『美濃牛』(1)

【殊能将之『美濃牛』の展開について触れていますので、未読の方はご注意ください】 第二作『美濃牛』をどう受け止めていいのか、迷う人も多いようだ。かくいう私もその一人で、横溝正史へのオマージュにしてシリーズ探偵石動戯作の初登場作品である、作者の…

殊能将之を再読する/『ハサミ男』(4)

【『ハサミ男』の真相に触れていますのでご注意ください】 対話とズレ 殺人というのは存在を非存在へと変質させる絶対的な暴力で、どうしてかはわからないが、「わたし」はそうした暴力を振るわずにいられない。先述の「ユリイカ」(1999年12月号)のインタ…

殊能将之を再読する/『ハサミ男』(3)

【『ハサミ男』の真相に触れていますのでご注意ください】 ※ SCISSOR MAN and OUR MUSIC 先日、たまたま山城むつみ『ドストエフスキー』という本を読んでいたら、ゴダールの映画『アワーミュージック』についての記述に出くわした。それは、映画内でも重要な…

殊能将之を再読する/『ハサミ男』(2)

【『ハサミ男』の真相に触れていますのでご注意ください】 ※ SNIP and SHOT さて約束のハサミ。昨年、後藤明生の『挾み撃ち』(1973、現在は講談社文芸文庫)という作品を再読した際、「これは何か『ハサミ男』に通じるものがあるのではないか」と漠然と感じ…

殊能将之を再読する/『ハサミ男』(1)

殊能将之氏が亡くなられたという。 2013年2月11日。49歳。現存する作家の中では最も敬愛する一人だった。 このブログでは以前、『鏡の中は日曜日』と『子どもの王様』について読み返した感想を書いたことがあるが、訃報を聞いて久しぶりに『ハサミ男』から再…