立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

小沼丹『更紗の絵』

読み初めは小沼丹『更紗の絵』(講談社文芸文庫、2012)。1972年あすなろ社刊の長篇の文庫化。自伝的小説で、戦後直後からだいたい十年間ぐらいの教師生活を基にしたもの。文庫版あらすじには「青春学園ドラマ」とあるが、別に生徒との熱い交流が描かれているわけではない。むしろ、主人公教師はモデルとなった盈進学園(現・東野高等学校)と早稲田の先生をかけもちしながらしだいに学園からフェードアウトして早稲田に軸足を移していくという感じで、(戦後の住宅難は大変だったんだなあ)といった部分の方が印象に残る。終盤に一年間病気をわずらうことを除けば、作中場面で主人公が苦心する描写はあまりなく、希望が常にすんなり通る様子はどこかトントン拍子、というか、調子が良いのだが、解説で清水良典は、このトボけた味の下に実は底流している“暗さ”を指摘する。すなわち学園が新設された土地はもともと軍事工場で戦中、大規模空襲で焼き払われたのであって、作中の端々には昭和20年代に東京の人々が置かれた状況が見え隠れする。本編(作中時間からだいたい20年後)は“明”の筆致によってその“暗さ”を塗り変えた(最終部でタイトルの意味が明らかになる)。そして親本刊行から40年後、今や当時の空気も薄れた“暗”を解説が再び指摘することで、本編の読み方に重層的なものを促しているとおもった。

 

更紗の絵 (講談社文芸文庫)

更紗の絵 (講談社文芸文庫)