立ち読み師たちの街

襤褸は着ててもロックンロール

ゴーストライター、ゴーストシンガー

 たまにはベストセラーでも立ち読みして現世に対する怒りの力を取り戻すかと思い、書店の自己啓発コーナーで堀江貴文の『多動力』という本をパラパラめくっていたら、フシギな記述に遭遇した。
 この本の割と最初の方で、堀江は自分の執筆方法について解説している。最近の自著は大抵、話したことをライターがまとめたものであり、十時間話せば一冊ぶんになる。ただ、最近ではもうそれにも飽きた。新しく言いたいことなど出てこない。30万部突破した『本音で生きる』という新書はそれまでの自著から発言をまとめてもらったもので、自分は書くどころか一秒も話してない。こういうことをいうとゴーストライターがどうのと批判するヤツがいるが、これは単なる名義貸しではない、こういう分業こそが新時代のスキルなのだ……云々。
 実際、この『多動力』という本も自分ではまったく書いていないらしい。巻末のスタッフクレジットを見ると、自分のオンラインサロンの人間や出版社の編集部の名前が書いてある。いわば「堀江貴文」という固有名は単なる枠(フレーム)であり、その器を満たす作業は多数の別の人間が行なっている。
 このブログを読んでいただいている方はお気づきのことと思うが(そういえばもう先月で十周年だ……既にmemoの継続年数を超えてしまった……十周年企画を何かやろうと思っていたのにすっかり忘れていた……)私は小説における「語り」の仕組みに関心がある。だからその意味で「フシギ」と感じたことを以下に記す。
 文字記号(テクスト)主体の書物は、断片的な記述の集積である辞書などを除けば大抵、始め(スタート)と終わり(ゴール)が明確に設けられて内容が構成されている。文章がページに刻んだ何千もの折れ曲がりは書物という器が要請する仕様であって、そのシワシワを伸ばせば一本の線(ライン)というか流れ(ストリーム)になる。もちろん、どこからどう読んでも読者の自由なのだ。しかし構えとしては、始めから終わりまでのプロセスを段階的に読者は辿るよう想定されている。この「本には構えがある」ということは他の部分にもいえて、たとえば編著ではなく単著の場合、しかもこういうビジネス書の場合、著者の声(ボイス)のみが唯一の声として想定される。対談本のような共著なら複数の声がワイワイガヤガヤしている様子をイメージしながら読者は読み進めるが、単著なら一つの声をイメージするのが普通だと思う(講義を受けているような感じですね)。この声の単一性(というイメージ)を支えるのがカバー周りにおける著者の写真だ。こういうビジネス本の場合、有名人であればあるほど、著者の写真が載っている。それが、「個人としてのワタシが個人としてのアナタに向かって語っているんですよ」という幻想を与える。いくら実際は編集チームのスタッフで作っているからといっても、スタッフの写真は載らない――それがたとえ、「この本はみんなで作りました」という共同作業性を新奇なものとして称揚するような内容であっても。「著者=声は一人」という幻想がなければ単著は成立しないのだ。
 するとどうなるか。本当は合唱で、しかもそのことが聞き手にバレているにもかかわらず、架空の独唱を目の前でムリヤリ演じられ、それでいて都合の悪い部分についてはうまく適当に忘却を要求されているような、フシギな感触が読者には残る(ボーカロイドとかVtuberみたいな感じですね)。いまオマエが読んでいる=聞いているこの声、この本の著者はオレということになっているが、オレは書いていない。話してもいない。この声は別人がかき集めてそれっぽく仕立て上げただけのものだ。今後のオレの本は大体そうなっていくだろう。残骸。リサイクル。オレbot。それで充分じゃないか? 何が不足なのか? オレはオレという個人の輪郭をほどきたいのだが、そうすると既存の書物という形態においてはいろいろ不都合があるから仕方なく、今こうやってまるで一人の人間であるかのようなフリをしているのだ……。
 聞こえてくるのは、そういう声である(誤解を招くといけないので慌てて付け加えますが、私はそれが悪いことだとはまったく思っていません)。
 立ち読みしながら、私は、ナボコフの『目』や『青白い炎』のことを思い出していた。ビジネス本(しかしここでいうビジネスとは何だろう)に擬態した小説というのはジョルジュ・ペレックの『給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法』を始めすでにあるのだろうが(小説仕立てのビジネス本ということではなく、ビジネス本に擬態した小説、ということ)、まだまだいろいろ語りの仕組みを工夫すれば面白いことが起こるのではないかなあ、とフト思った。

 

多動力 (NewsPicks Book)

多動力 (NewsPicks Book)

 

 

 

青白い炎 (岩波文庫)

青白い炎 (岩波文庫)

 

 

 

給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法

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